一体ここは何処なのか。
僕は一体何をしているのか。
もはや分からなくなってきていた。
内からあふれてくる力は既に僕が制御出来ないまでに膨れ上がり、抑えられない。
痛みも苦しみも何処か遠くのものにしか感じられなくて。
―――きっと、僕はこのまま死ぬのだろう。
微かに残った意識のなかで僕はそんなことを思っていた。
―――ごめんね、カルシファー。君は死にたくないといつも叫んでいたのに。
僕と一緒に死ぬのは嫌だと、いつも言っていたのに。
それでも―――僕はソフィーを守りたかった。
あの子の笑顔を守りたかったんだ……。
それだけは、分かってくれるよね……カルシファー。
目の前に見える赤は、これはたくさん殺して来た者の血だろうか。
それとも―――僕の血……?
―――深く沈んだ意識が、ふっと浮上する。
周りで何やら騒いでいるような音、声が僕の五感を刺激しているのだ。
深く眠りこんでいた意識が急速にクリアになるのは、あまりいい気分じゃない。
もうちょっと眠っていたいのに。
「……ん…もぅ……うるさいなぁ……何の騒ぎ…」
思わずそんなことを口にして、僕は目を開けていた。
―――途端に目に入ってきたのは、まぶしい光。
きらきらと輝くその光に僕は目を細めた。
光のなかに、1人の少女がいる。
―――ソフィーが、僕を見つめている。
光のなかで微笑んでいるソフィーはまるで天使のようで、それが現実のものかどうか触れてみたくて、僕は手をのばそうとした。
「うっ…!」
その途端の痛み―――怪我をした時のような痛みじゃない、今まで身体を動かしたことがなくて筋肉が固まってしまったのを無理矢理動かすような……そんな痛みが身体を苛んで、僕は声をあげた。
そして気がついた。
――――僕の身体のなかから、カルシファーが消えている。
胸で感じる鼓動は、確かに僕のものだ。
ああ…そうか。
ソフィーが契約を見抜いて、僕と彼を解放してくれたんだ。
だから身体がこんなに重いんだ。
「こりゃひどい……身体が石のようだ」
とはいえど、久しぶりの感触は重くて、僕は知らずそんなことを口走っていた。
「そうなの。心って重いの!」
嬉しそうにソフィーが叫ぶ。
そっか……これが『心』か。
そう自覚したら、目の前にいるソフィーへの想いが今まで以上に強く感じられて涙が出そうだった。
今までの想いが嘘だとは思わない。
だけど心無き状態の彼女への想いはどれだけ薄っぺらいものだったか。
―――こんなにも、ソフィーを愛している。
身体の奥底からわき上がるような想いは確かに重くて―――でもその重さが心地いい。
ソフィーの周りで光が踊っている。
呪いは解けてもついに戻らなかったその白金の髪が、光に照らされてきらきらと輝いているんだ。
「あ……ソフィーの髪の毛、星の光に染まってるね」
この色は彼女が僕のために呪いをかけられたという証。
―――彼女と僕との絆、みたいなものかもしれない。
「綺麗だよ…」
愛しいソフィー。
今度こそ本当に、君を守りたい。
「ハウル……大好き! 良かったぁ!!」
いきなりソフィーが抱きついてきて僕を押し倒して来た。
「いたっ」
その勢いを止められず、僕はソフィーごと床に転がってしたたかに頭を打ってしまった。
「きゃ…大丈夫!?」
慌てたように身を起こそうとするソフィーを何とかつかまえることに成功し、僕はそのまま彼女を抱きしめた。
「愛してる……」
向こうでは何やらまだ話が続いているがそれに構わず、僕はそう囁いてから少しだけ力を緩めた。
本当に嬉しそうなソフィーが僕を見つめている。
彼女の頬に手をあてて引き寄せると、ソフィーも何をされるのか悟ったのか目を閉じた。
そっと唇を重ねる。
その温かさは今まで感じたどの触れあいよりも心地よかった。
これからも色んなことがあるだろう。
だけど彼女となら乗り越えていける。
これからは、光の世界のなかで生きていくんだ――――。
END
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