「……ねぇ、ハウル」
ソフィーは困惑の表情を隠せず、おずおずとハウルに問いかけた。
「なに」
「……そろそろ寝る時間なんだけど……」
「うん」
「…………」
質問の意図が分かっていないのだろうか。
ソフィーははぁ、とため息をつくと隣にいるハウルへと視線を向けた。
「……いつまでもくっつかれてたら着替えが出来ないでしょっ」
ソフィーは先ほどからハウルに抱きしめられた状態のまま、ソファに座っていたのだった。
確かに寂しがり屋で甘えん坊な部分はある。
だがこうしていつまでもずーっとくっついているという事は滅多にない。
それはソフィーもハウルも忙しく毎日を過ごしているからなのだが――――。
(……何かあったのかしら)
まず思い浮かんだのは今は終息に向かっている戦争のこと。
今はもう大きな戦いはなく小さな小競り合いがいくつか続いているそうだが、それも落ち着きつつあると聞く。
ハウルも今は鳥になって様子を見に行く事もないようだ。
だからたぶん……違う。
(サリマン先生かしら?)
この国を治めていると言っても過言ではないサリマンは、ソフィーには理解出来ない性格を持つ雲の上の人だ。
ハウルが苦手にしているのが良く分かる。
もしかしたらサリマンに呼び出され、何か無理難題を押しつけられたりしたのだろうか。
(……カブ、じゃないわよね…)
隣国の王子、カブはずいぶんと不穏なことを言って国に戻っていったが、あれから姿は見ていないし何か言われたのならハウルのこと、真っ先にソフィーを問いつめにかかるだろう。
色々考えても理由がさっぱり思い当たらず、ソフィーはおそるおそる問いかけた。
「何か……あったの?」
ソフィーの言葉に対する返答は、自分を抱きしめる腕の強さ。
先ほどよりも強く抱きしめられ、さすがに息苦しさを感じてソフィーは身じろぎをした。
「ハウルってば。言わなきゃ分からないわよ?」
「…………」
ハウルはようやく腕を緩めた。
おそるおそるといった様子でソフィーを覗き込んでくる。
ソフィーは何を言われるかと覚悟を決め、ぐっと腹に力を込めた。
「……朝、いなかったろ……?」
「……はぃ?」
恨めしげに呟かれた言葉にソフィーは首をかしげた。
「いなかったって……」
「僕が朝起きた時、ソフィーは城にいなかったじゃないか」
朝。
今日の朝。
ソフィーは首を傾げながら今日の朝の事を思い出そうと首をひねった。
(今日は朝起きて朝ご飯をつくって、洗濯をしてそれを干して……その後お店に出て……いつもと同じ行動しか取ってなかったと思うんだけど……)
「僕が起きた時には気配がなかった」
「そんな事は……」
と言いかけてはたと思い出した。
「……そういえば」
店番をしていた時、花を買いに来たおばあさんが持っていくのが大変そうで。
店をマルクルに任せて花をそのおばあさんの家まで持っていってあげた時があった。
「お店に来たおばあさんのお花をおうちまで持っていってあげたわ。その時に起きたのね」
―――もう昼すぎの時間だったような気がする。裏を返せばその時間まで寝ていたということ。
相変わらずのルーズな生活ぶりに頭を痛めつつも、ソフィーはぽんぽんとハウルの腕を軽く叩いた。
「それで拗ねてるの?」
「拗ねてなんかないよ」
「拗ねてるじゃない」
ソフィーは苦笑を漏らし、ハウルに身を預けるようにもたれかかった。
「あたしはここにいる、何処にもいかないわ。信じなさい……ね?」
そうソフィーが言い切ると、ハウルはしばし逡巡した後彼女を抱きしめる腕に力をこめて「うん」と頷いた。
(―――本当に子供なんだから)
それが彼の魅力でもあるのだけど。
(ハウルを一人にしたりはしないわ。……約束するから)
ハウルの腕を包み込むように手を添えて力を込める。
(だから、あたしのそばにいてね……)
ソフィーは笑みを浮かべ、ハウルの腕のなかでそっと目を閉じた。
END
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