「もう寝たら?」
カルシファーがふよふよと近づいて来て、ソフィーを覗き込んでくる。
「明日の朝も早いんだろ?」
「うん。でもこれ仕上げちゃう。もうすぐだから」
ソフィーは手に持った縫いかけのズボンをカルシファーに見せた。
出来上がればマルクルがはくズボンになるのだろう。
確か昨日はハウルの上着を繕っていた。
「無理すんなよ……ここの処ずっと夜遅くまで作業してるんだし」
「大丈夫よ。もう少ししたらハウルも帰ってくるわ。この頃帰りがずっと遅いから何か作ってあげたいの」
「ううう……」
なかなか傍を去ろうとしないカルシファーに、ソフィーは小首を傾げた。
「どうしたの? カルシファーはもう寝たらいいのよ?」
「……実はさ……おいら、ハウルから言われてんだよ…」
「?」
カルシファーは困り切ったようにうろうろとソフィーの周りを飛び回った。
「ソフィーを早く寝かせろって。この頃ハウルが帰ってくる時間まで起きてるから…それでハウルが心配しちゃってさぁ……このままじゃソフィーが倒れるって」
「まぁ……ハウルがそんな事を?」
ソフィーは目を丸くしてカルシファーの説明を聞いていた。
「じゃ、今日はハウルが帰るまでには寝る事にするわ。本当にもうちょっとだから」
「……ほんとに、もうちょっとしたら寝るんだぞ…?」
「うん」
ようやく諦めたのか、カルシファーはふよふよと暖炉の方へと戻っていく。
ソフィーは灯りをとるためにランプと縫いかけの服やら裁縫道具やらを窓際へと移動させた。
外から入ってくる月明かりがとても明るくて、ランプの明かりがいらないくらいに辺りが良く見える。
「さ、もうちょっとだから仕上げちゃおう」
ソフィーは気合いを入れるように呟くと、再び針を動かし始めた。
扉が開く音がした。
きい…と音がして、ハウルが入ってくる。
手すりに手をおいて階段を上がって来たハウルは、リビングに視線を走らせて―――有るところで視線を止めた。
「―――ソフィー……」
窓辺に腕をおき、その上に頭をもたれかけさせてソフィーがすやすやと寝息をたてていた。
気持ちよさそうに眠っているソフィーからカルシファーの方に視線を向ける。
が、ハウルの怒りを恐れてかカルシファーは出てこようとしなかった。
「……風邪をひくよ、ソフィー……」
そっと揺さぶると、ソフィーははっと目を開けた。
「あ……ハウル? お、お帰りなさい……」
目をぱちくりさせてハウルを見つめている。
「カルシファーから言われなかった? 早く寝ろって……」
「ん……言われたけど…」
ソフィーは目を擦って立ち上がった。
「おなかすいたでしょ? 何か作るね…」
歩きかけたソフィーをハウルが抱き寄せ、後ろから抱きすくめた。
「えっ…」
「ご飯は明日でいいよ。ソフィーはもうお休み」
「でも、何も食べてないんでしょう?」
ハウルの指がすっと頬を撫でる。
「こんなに遅くまで起きていても朝はいつも通り起きるんだろう? 君が倒れたらどうしたらいいか……」
それからハウルはソフィーの体をぎゅっと抱きしめた。
「お願いだから……」
ハウルの腕に力がこもって、ソフィーは慌てたようにハウルの腕をふりほどいた。
「わ、分かった……分かったわ、これから寝るから……」
「そうしなさい……すぐに寝るんだよ?」
「うん」
寝室まで近づいて、ソフィーはハウルの方へと振り返った。
「お休みなさい」
「お休み」
彼女の姿が寝室に消えるのを確認してから、ハウルはさっきまでソフィーが座っていた窓辺に近づいた。
さっき出来上がったばかりらしい服が置いてある。
まだかすかに残っているランプの火を吹き消して、ハウルは笑みを浮かべた。
―――ソフィーには早く休めとは言ったものの、誰かが自分を待っていてくれるというのは、とても嬉しい。
自分を必要とし、待っていてくれるというのがこんなに幸せだなんて知らなかった。
「……お休み、ソフィー……」
ハウルは彼女の寝室の方へと声をかけると、自分の部屋の方へと歩いていった。
END
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