「ハウル―――っ! ハウル、ちょっと来てー!!」
お店の方からソフィーが呼んでいる。
「ここ、頼むよマルクル」
「はーい。いってらっしゃい、ハウルさん!」
僕は家をマルクルに任せて店の方へと歩いていった。
扉を開けて中庭に出て、裏から店の方へと入る。
「なに、ソフィー」
ひょい、と顔を出して、僕は足を止めた。
「あ、良かったわハウル」
ソフィーが僕を振り返る―――そのカウンターの向こうにはひとりの男性がいた。
手には今買ったばかりらしい薔薇の花が握られている。
赤やピンク、そして白の色とりどりの薔薇の花束は、ソフィーの見立てだろう。
おどおどした様子でやってきた僕を見てますます怯えてしまったようだ。
お客―――だろうけど、一体どうしたっていうんだろう?
「あのね」
ソフィーが背伸びして耳打ちしてきた。
「これからね、告白をするんだって」
「え?」
唐突な話に目を丸くした僕に、ソフィーはもう一度耳を貸せと手招きした。
仕方なくちょっと屈み込んでソフィーに背を合わせる。
「ずっと片思いしていた女の子がいて、今日思い切って告白をする為に薔薇を買いに来たのよ」
―――で、あの薔薇をずっと握りしめている訳か。
でも大丈夫かな……あの様子だと、その意中の相手の前に出たら卒倒してしまうんじゃないだろうか。
「……私も心配なのよ。好きな女の子の前に出たら気を失ってしまいそうで」
ソフィーも同じ事を考えていたらしい。
「それでね、ちょっとだけ魔法をかけてあげられないかなって思ったの」
なるほど、ね。
僕は分かった、と頷いてソフィーから離れ、その男性の前へと歩いていった。
「あ、あ、あの……」
怯えきって後ずさる男性ににっこりと微笑んで、僕は腕をあげた。
すっと彼の前に指を差し上げ、軽く振ってみせる。
―――ぱぁっ、と薔薇の花が、光った。
突然彼が、夢から覚めたように目をしばたたかせる。
「頑張って来て下さいね」
ソフィーが僕の隣に来て声をかけると、男性は訳が分からないといったように首を傾げながら、それでも「ありがとう」と言葉を返して店を出て行く。
「何の魔法をかけたの?」
悪戯っぽく見上げてくるソフィーを見て、僕は笑みを浮かべた。
「大した魔法じゃないよ。ちょっと薔薇の花に力を与えただけ」
―――赤い薔薇の花言葉は愛情。ピンクの薔薇は満足。白い薔薇は―――私はあなたにふさわしい。
「薔薇の持つ力をちょっと引き出してあげただけだよ。後は彼自身の努力次第だ」
たった今彼が出て行った扉を見つめて、ソフィーは胸を押さえた。
「うまく行くといいわね……」
「……そうだね」
こればっかりは僕にも分からない。
次の日。
店番をしていたソフィーと僕は、扉があく音にはっと視線を向けた。
「あなたは……」
昨日のあの男性が立っていた。
あの、薔薇を買っていった男性。
「ソフィーさん、有り難う!!」
彼はいきなりソフィーに近づくと、手をとって握りしめて来た。
「昨日、彼女に告白したら、OKを貰ったんです!! 有り難う、有り難う!!」
「え、ええ……」
彼の勢いに押されてソフィーはただ頷くばかり。
「次に花を買いに来る時は、彼女も連れてきますね! あ、旦那さんも有り難うございます! 彼女を待たせてるのでまた今度!」
それだけまくしたてて、彼はまた出て行ってしまった。
―――後には、静寂が残るばかり。
ソフィーは、そこに立ちつくしていた。
「……ソフィー?」
後ろから声をかけると、ソフィーがゆっくりと振り返る。
―――彼女の頬は真っ赤になっていた。
熱でもあるのかと思うほどに赤くなっている。
「ど、どうしたんだ、ソフィー」
「あ、あたしたち……夫婦に見られたみたい……」
―――彼の勢いに押されてたのかと思ったら、彼のそんな台詞に反応をしたらしい。
僕はぷっと吹き出してしまった。
「何で笑うのよ、ハウル!」
「だって似たようなものじゃないか。一緒に暮らし始めてどのくらい経つと思ってるの?」
僕としてはもう夫婦みたいなものだと思っていたんだけど、どうやらソフィーはそうではなかったようだ。
「―――だって……」
「だって?」
ちらり、と僕を見てからソフィーは恥じらうように胸の前で手を組んだ。
「妻はいちいち夫にときめいたりしないでしょ……」
―――何というか。
ソフィーってどうしてこう、僕の心をくすぐるのがうまいんだろうな。
そんなソフィーが可愛らしくて、僕はソフィーを抱え上げて振り回した。
「きゃ……ハウル! 目が回るってば……!」
「ソフィー、大好きだよ!」
今度、ソフィーに真っ赤な薔薇をプレゼントしよう。
あの花畑に真っ赤な薔薇を咲かせて―――プレゼントしてあげよう。
僕はそう思いながらソフィーを抱きしめたのだった。
END
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