甘い5のお題より
4.幸せ








「うう…」

「無理しない方がいいわよ、ハウル」

枕元に座ってソフィーが心配そうに声をかける。

「……うん…もう、頭がクラクラして全然わかんない……」

「そりゃ熱があるもの…ほら、体温計だして」

ハウルはくわえていた体温計をソフィーへと差し出した。

「……38度5分。風邪ね」



数日前から咳をしてるな、とは思っていた。

「薬、飲んだら?」

とソフィーが勧めても頑固にハウルはそれを拒否し続け―――結果。

今日の朝からハウルは熱を出して床に伏せる羽目になった。



「だから薬を飲みなさいって言ったのに……」

「だって…ソフィーの勧める薬はどれも苦いじゃないか……」

けほけほ、と赤い顔で咳をするハウルをソフィーは睨み付けた。

「マルクルならともかく、大人のあなたが甘いシロップの薬を飲んだって効きゃしないわよ」

ソフィーは水差しを取り上げるとそっとハウルの口にふくませた。

「ご飯は食べたくなくても水分はとらなきゃね」

「……ん…」

少し水を飲んだハウルは、後はもういらないと言わんばかりに顔を背けた。

「後で薬を持ってくるから、それまでは大人しく寝てなさい」

立ち上がったソフィーを見て、ハウルが声をあげる。

「行っちゃうの?」

「マルクルやおばあちゃんのご飯をつくってあげなきゃいけないもの」

「………」

「風邪はとにかく休むのが一番よ。消化の良いもの作ってきてあげるからね」

ソフィーはそれだけ言うとぱたんと扉を閉じてしまった。

―――自分の荒い息づかいが妙に響いて聞こえる。

ハウルは頭の痛みを感じて布団のなかへと潜り込んだ。







「ハウル……」

いつもの調子で扉を開けたソフィーは、そのまま動きを止め――それからそぅっと扉を閉めた。

すーすーと寝息が聞こえてくるのに気がついたのだ。

覗き込んでみると、いつもより赤い顔をしたハウルが眠り込んでいるのが見える。

(寝息は苦しそうじゃないし、熱はちょっと高いけどそう大した風邪じゃないわね……)

持ってきたトレイを机の上に置き、傍の椅子に腰をかける。

「………あなたは嫌な顔をするかもしれないけど、私にとっては今の状況って結構幸せなのよ?」

ハウルがぐっすりと眠り込んでいるのが分かるからこそ言えること。

ソフィーは頬に手を当ててふっと笑みを浮かべた。

「だって、あなたこういう状態にでもならない限り、ずーーーっとお城に居ることってないじゃない。あなたがずっと傍にいてくれて、私は嬉しいの」

こうやってずっとハウルが傍にいてくれるなど、滅多にない事だ。

熱が下がって病気が治ってしまえば彼はまた城を飛び出して行き、ソフィーは気を揉みながら帰りを待つ日々が戻るのだろう。

「……ゆっくり休んでね、ハウル」

額にそっとキスを落とし、ソフィーは部屋の灯りを落とした。

音をたてないように扉を開け――――そうっと閉める。



そうして暗闇になった部屋のなかで、むくりと起き上がる人影があった。

「………ソフィー……」

起き上がった人影―――ハウルはたった今彼女が出て行った方向を見つめて、声を漏らした。








ハウルの風邪はすぐに良くなった。

元々そこまで酷くもない風邪であるのとハウル自身の回復力の早さもあって、次の日には熱も下がり普通の生活が営めるまでに回復をしていた。

再び穏やかな日々が戻って来た。

のだが。

「………ね、ねぇハウル?」

「ん?」

カルシファーの上にフライパンを置いて調理をしていたソフィーは、先ほどからずっと感じている視線に耐えかねておずおずと声をかけた。

「……じっと見つめるの、ちょっと控えて貰えるかしら……凄く、気になるんだけど……」

先ほどからハウルは、ダイニングルームの真ん中にある椅子に腰掛け、テーブルに肘をついてじっとソフィーを見つめ続けている。

(……具合が良くなったらすぐに飛び出していくものとばかり思ってたのに……どうしたのかしら?)

これが朝だけとか夕方だけ、ならまだ分かる。

だが具合が良くなってからこちら、ハウルはずっと家にいてこうしてソフィーをじ―――――っと見つめている事が多くなった。

「いいじゃない、気にしないで」

「気にしないでって言われても………」

後ろからずっと視線を感じ続けるのは、はっきりいって居心地悪い。

いつまでも疑問のままおいておくのは精神の安寧には良くないと感じ、ソフィーははっきりと問いただすことに決めた。

「どうしたの一体。いつもならすぐに飛び出していって暫く帰ってこないのが当たり前なのに。何か用事があるんでしょう?」

ハウルがすっと立ち上がり、ソフィーの方へと近づいて来る。

何を言われるかと戸惑いを隠せず、ソフィーはただただハウルを見つめるだけ。

「………ずっとソフィーに寂しい思いをさせていたって事に、僕は気がついてなかったんだ」

「え?」

「いつもずっと一緒って訳にはいかないけど、これからは出来るだけソフィーの傍にいるようにするよ。だから安心して」

ソフィーの手をとり、ハウルは穏やかな笑みを浮かべてそう告げる。



――――つまり。

「………まっ……ま、さか………」



ハウルが眠っているとばかり思ってついつい口に出してしまった言葉。

あれを彼は実は聞いていた、という事に他ならない。



みるみる赤くなるソフィーの後ろで、カルシファーが何やらぼそぼそと呟いた。

だがそれを問いただすよりも早く、ハウルがソフィーを抱きしめる。

「もう、君に寂しい思いは絶対にさせないから……」




(〜〜〜〜〜ハウルのばか―――――――っっっ!!! 聞いてるなら聞いてるって言ってよ――――!!!!)


あまりの恥ずかしさに逃げ出したいのを必死に堪え、その代わりソフィーは心のなかで照れ隠しの罵倒をずっと繰り返したのだった。










そして。

ハウルは一日の大部分の時間をソフィーと過ごすようになったのだが…………。

「ソフィー!! ねぇこっちに来てよ、面白いものがあるよ!!」

「はいはい……」

ぐったりと疲れた様子のソフィーがハウルが呼ぶ方へと歩いていく。

それを見送ってカルシファーはぽっと炎の溜息を吐いた。

「……一日中あの我が儘男に付き合わされるんだから、ソフィーも大変だよなぁ……」



この城の主婦であるソフィーには当然日々の家事という仕事があり、なかなかに広いこの城を切り盛りするのは結構大変な重労働だったりする。

それにプラスハウルの面倒を見る、というのが加わったのだから、彼女の仕事は激務といっても過言ではない状態に陥ってしまっていた。




「……まー、でも……」

ハウルと一緒にいる時のソフィーは楽しそうだったりする。

………その後にたまった仕事を片付けるのはとても大変そうだけど。

(それなりに楽しそうなら、心配する事もないかな?)

この頃はハウルもソフィーの家事を少しずつ手伝うようにもなったようだし。




―――あの頃からは全く想像も出来ないような日々。

穏やかで、賑やかで、ゆったりと流れる時間。

(これが幸せってもんなのかなぁ?)

そんな事を思いながらカルシファーは昼寝をする為に薪の上によいしょ、と寝そべり、目を閉じた。










END

MONORETRO様
配布元様(閉鎖)
めちゃくちゃ久しぶりになってしまいました(><)。幸せ、というものはすんごくたくさん色々あるわけで、漠然としてとらえどころがない題名なんですよね。で、結局互いが一緒にいられて、穏やかな時間というのがこの二人にとっては一番の幸せじゃないかな……と思いこんな形に。暴露しますと最初の病気ネタは随分昔に書いていてネタとしてだけ残してたものです。それを再利用……(げふんげふん)。アクションシーンもなくシリアスでもベタベタに甘い話でもないですが、たまにはこんなのもいいか、なんて。




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