「あの〜〜〜ハウル……」
ソフィーがこんな風に話しかけてくることは滅多にない。
滅多にないどころか初めてじゃないだろうか?
下から見上げて、おずおずと。
―――すごく、可愛い。
こういう風な感情のやりとりが、心臓を取り戻してからというもの、一つ一つ心に響いてくる。
「……お願いが、あるの…」
と上目遣いに見つめられて言われて、断れる奴がいるだろうか?
「なに? お願いって」
しかしそういうのを顔に出すのは何となく負けのような気がして、僕はあくまでもクールを装って問いかけた。
「絶対に「うん」て言うって約束して」
「…………」
なんだかとても嫌な予感がする。
「―――どうして?」
「言うって約束したら、言う」
「………分かった」
嫌な予感はするけど、このまま聞かなかったら明日の朝までも悩みそうなのは分かっていたので、僕は仕方なく頷いた。
ソフィーはまだ僕を疑り深く見つめている。
「本当だって」
「約束よ?」
「うん」
ここまで念押しをするって……一体何なんだろう?
ソフィーはふぅ、と息をついてから口を開いた。
「あの…ね。明日の晩、外泊していいかなぁ」
―――その時に、ソフィーが可愛らしくおねだりをしてくる時には絶対に何かある、というのを学んだような気がした。
「外泊!? 何で、何処に!? どうして!?」
思わずソフィーの腕を掴んで揺さぶってしまう。
「うんって言うって言ったじゃないの」
「外泊なんて! 一体何処に行くんだよ!!」
「レティーの処。一度泊まりに来てって言われてたのよ…」
レティーは美人で評判になっているソフィーの妹の名前。
血が繋がらないと聞いているけど仲がいいようで、手紙のやりとりをしたりお互いの家を訪ねたりというつきあいを続けている事も知っていた。
――――なんだけど。
「泊まり……に…?」
「たまにはいいでしょ? ね?」
渋い顔をしている僕の処にカルシファーが近づいて来た。
そっと耳打ちしてくる。
「……あんまり束縛してると、愛想尽かされて家出されるぞぉ? 少しくらいは自由にさせた方がいいって」
「う……」
家出は困る。
ソフィーがいなくなってしまうとこの城がたちまち成り行かなくなってしまうのもあるし。
それに――――。
「ハウル……本当にダメ?」
ソフィーの声にはっと我に返る。
ソフィーはおそらく僕が許可しないだろうと思ってか、落ち込んだ表情になっている。
―――そうだよな。ソフィーだって色々行きたい処もあるんだろうし……。
「……いいよ」
「えっ、ホント!?」
驚いたような表情になったソフィーが、見る間に嬉しそうな顔になる。
「有り難う、ハウル!」
お土産買ってくるからね! と上機嫌に言うソフィーを見てると、うんって言ってあげて良かったなという気持ちになってくる。
ちらりとカルシファーを見ると、カルシファーも嬉しそうな顔をしていた。
で。
今日はソフィーがいない夜。
マルクルは先に「お休みなさい」と断って眠りにつき、おばあちゃんも眠りについたのを確認した。
ヒンがうろうろしているのを見かけたが、彼は自分で何とか出来るだろう。
僕もベッドに入り目を閉じた。
「…………」
眠れない。
暫く寝ようと試みてみて、全く眠気が訪れない事で早々に諦め、僕は身を起こした。
「……はぁ」
いつもならもうとうに眠りについている時間だ。
いつもと同じ日常をこなし、いつもと同じ夜なのに。
―――ソフィーだけがいない。
「……泣き所、作っちゃったかなぁ……」
一日くらいソフィーがいなくたって大丈夫だと自負していたのに、一晩も保たないなんてどうかしている。
そうは思うものの心が落ち着かないのだから仕方がない。
「……ソフィーが帰ってくるまで新たな魔法を開発しておくかな」
それくらいしか僕にはやることがない。
明日の昼にソフィーは帰ってくる。
それだけ時間があれば、新しい魔法を作り出せるだろう。
この前からずっと気になっていた書物を取り出し、僕は机へと向かった。
―――朝が来た。
いつもと同じ朝。
いつもと同じ日常。
だけど、何か違う。
僕は結局徹夜で、今頃になって眠気が押し寄せてきているのを何とか堪え、カルシファーに湯を沸かして貰ってコーヒーを飲んでいた。
「―――で、魔法は出来たのか?」
カルシファーの言葉に僕はうなづいてみせた。
「まぁね。大体の骨子は出来てたものだから……まだ効果が不安定なのが気になるから、最終調整が必要だと思うけど」
「おまえにしちゃ珍しい水系の魔法だよな。……おいらに対する当てつけか?」
「まさか。……でもカルシファーが言う事聞かなくなった時の切り札にしてもいいかもね?」
「ハウル〜〜〜!?」
その時、かちゃんと扉の行き先を示す円盤が回る音がした。
「……!」
僕とカルシファーの視線がそちらの方へと向く。
かちゃり、と扉が開いて、入って来たのは―――――。
「……ただいま」
ソフィーだった。
「ソフィー」
時間はまだ朝の時間帯。
彼女は昼すぎに帰ると言っていた筈なのだけど――――。
「気になって、帰ってきちゃった」
苦笑を漏らして肩をすくめる彼女に近寄り、僕はぎゅっと彼女を抱きしめた。
「お帰り、ソフィー………もう、離さないからね」
耳元でそう囁くと、ソフィーが笑みを漏らした。
「もう大げさね。……そんなに寂しかった?」
う。夜も眠れなかったなんて―――言えない、ぞ。恥ずかしくて。
「そ、そんな事はない、けど……」
「ハウルの奴、ソフィーがいないのが寂しくて夜寝られなかったんだぞー?」
そう叫んだカルシファーに僕はぎらっと睨みを利かせた。
―――後で、開発したばかりの魔法のターゲットにしてやる。
そう念をこめて睨み付けると、カルシファーは僕の意図に気が付いたらしく「わっわっ」と慌て始めた。
「じゃ疲れてるんじゃない? レティーからお土産貰ったから皆で食べましょう。美味しいケーキを貰ったのよ」
僕を押し戻し、ソフィーは早速椅子にかけてあったエプロンをとって腰に巻く。
「どうせまともなもの食べてないんでしょ? すぐに作ってあげるわ」
―――やっぱり、ソフィーがいる方がいい。
彼女の明るい声を聞きながら、僕は「うん」と返事を返したのだった。
END
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