初日の出








「山脈のてっぺんから見る日の出はすっごく綺麗なんだぜ〜〜」

カルシファーがそんなことを言い出したのがきっかけだった。

「そうなの?」

マルクルに問いかけると、マルクルは胸を張った。

「そうだよ! すっごく綺麗なんだぁ」

「そうだねぇ、あたしもよく見たもんだ」

おばあさんがそんなことを言い出したため、ソフィーはええっと声をあげた。

「おばあちゃんも見たことあるの!?」

「そりゃあねぇ。荒地じゃ早々楽しみもないし」

「………」

ソフィーの視線がヒンへと注がれる。

「ヒン!」

ヒンは嬉しそうにしっぽを振って答える。

「うそぉ…ヒンも見たことあるって言うの?」

「マダム・サリマンのところで何度も見たことあるんだと思うよ、きっと」

階段をトントンと軽やかに降りてきたハウルが話に加わって来た。

「ハウル…は当然見たことあるわよね。カルシファーが見たことあるくらいだから」

「うん。山のてっぺんに光の筋が通って、輝くんだ。それからじょじょに明るくなってくるんだよ」

「………」

ソフィーはムクれたように口をへの字に曲げた。

「見たことないの、あたしだけ?」

無理もない。

ソフィーは生まれてからこのかたあの街を出たことがなく、そういう景色を愛でる余裕もなかった。

「じゃ明日見てみようか。いい穴場を知ってるんだ。ね、カルシファー」

ハウルがカルシファーに目配せすると、カルシファーはぼうっと燃え上がった。

「あの景色をソフィーが見たら、すっごく感動するぜ〜〜」

自分だけが見ていないと言うことでスネていたソフィーだったが、ハウルの言葉でようやく機嫌を直したようだった。

「明日だったら初日の出ですよ!」

「そうだねぇ」

嬉しそうなマルクルの言葉でソフィーは今年が今日で終わることを思い出した。

「そうか…今日でもう今年も終わりなのね」

「この城で暮らしてると日にちの感覚が鈍くなるから」

ハウルやカルシファーたちはまだ話をしている。

ソフィーは視線をそらし、外の風景に目を向けた。

「…初日の出、かぁ……」

去年の今頃は自分は一体何をしていただろう?

(今年があまりにも激動の一年すぎて、全然思い出せないわ……)

ふう、とため息をついて物思いに耽っていたソフィーだったが――――

「ソフィー? どうしたの、具合でも悪い?」

「どうした、黙りこくって」

「大丈夫、ソフィー?」

―――うちの城の男共は、本当にうるさい。

心配性といえば聞こえはいいが、何のことはない、ただの甘えたがりなだけである。

その筆頭がハウルであることは言うまでもない。

――ちなみに言葉を発した順にハウル、カルシファー、マルクルであるところにも、彼らの立場が現れている。

「何でもないわよ」

ゆっくり物思いに浸る暇もないのはいいことなのか、果たして悪いことなのか。

いまいち判断がつかないソフィーであった。














明日が早いということで早めの就寝となり、ソフィーもいつもよりかなり早くにベッドのなかへと入った。

そうして――――。



「ソフィー」

「…ん…」

「起きて、ソフィー」

軽く揺さぶられてソフィーは目を開けた。

辺りはまだ薄暗い。

「早く起きないと、お日様が上ってしまうよ」

ハウルが手に明かりを作り出して、ソフィーを覗き込んでいた。

「もう…そんな時間…?」

「うん。後30分くらいで日の出だ」

それを聞いてソフィーは布団をめくって起きあがった。

「大変! すぐに着替えるから5分だけ待って!」

「分かった。カルシファーのところで待ってるから」

ハウルが出ていくと辺りはまた薄暗くなる―――だがそこは勝手知ったる自分の部屋。

何処に何があるのかはすべて分かっている。

手探りで服を取り出し袖を通す。

髪はあの時に短くしてしまったのでブラシを通すだけでいい。

ぱたぱたと洗面台へと走っていって顔を洗い歯を磨いて、鏡で容姿の最終チェックをしてから、ソフィーはリビングへとやってきた。

「お待たせ!」

そこではハウルがカルシファーに手をかざして暖をとりながら、何やら話をしているようだった。

「おはよう、ソフィー。あけましておめでとうって言うんだっけ?」

カルシファーに向き直りソフィーは軽く会釈をした。

「あけましておめでとうカルシファー。今年もよろしくね」

「さ、いくよ」

ハウルがソフィーの腕をとる。

「え、行くって…?」

二人きりで? マルクルたちは行かないの?

と問いかけようとも思ったが、どうせ問いかけても答えてはもらえまい。

「気をつけてな〜〜」

肩掛けを羽織り、そんなカルシファーの声援を後にソフィーはハウルについて歩いて、あの扉の前へと立った。

ハウルがくるり、と扉の取っ手を回す。

その色はハウルしか行き先を知らないはずの黒い色。

「ハウル、あの……」

「じゃ、行って来るよカルシファー。後は頼む」

そういうが早いかハウルは扉を開けた。

「………!!」

扉の向こうには、闇が広がっている。

そこから吹き込んでくる冷気は寒いというよりも凍るといったほうが正しい。

「は、ハウル、あたし……」

いきなりハウルはソフィーの脚の下に手を差し入れて彼女を抱き上げた。

「きゃ…」

「喋らないほうがいいよ。舌をかむ」

「一体何を……きゃ―――――っっ!!!」

ソフィーを抱き上げたままハウルが闇い身を踊らせる。

ソフィーの悲鳴を残して扉はぱたんとひとりでに閉まった。

「………」

カルシファーは近くにあった薪を手に取ると口のなかに放り込んだ。

「……ハウルもよせばいいのに、ソフィーを脅かして楽しんでんだよなぁ……」













急降下。

下から凄まじい風が吹き上げ、落下する時の感覚にソフィーは悲鳴をあげっぱなしだった。

ハウルにしがみついて目を閉じてもこの感触だけはどうにもならない。

「いや―――!! いやあああ、ハウル、怖いっ、怖いってば――――!!!」

「大丈夫。ほら、目を開けてごらん?」

その途端、ふっ…と落下感が弱まった。

「これなら怖くない?」

おそるおそる目を開ける―――と。

「……うわ…あ…」

空。

自分の目の前に広がるのは、まだ闇に包まれてはいるものの雲一つない澄み切った空だった。

「もうすぐ着くよ。ここが一番の絶景なんだ」

怖いもの見たさでちらりと下を見る。

そしてソフィーは慌てて目を閉じた。

(うわ、見るんじゃなかった……!)

眼下に見えた岩山は、まだかなり遠い。

少なくともここから落ちたら即死間違いないだろうと思われる高度はある。

やがてハウルは落下のスピードをゆるめ、ふわりと大地に降りた。

「ほら、着いた」

―――と言われても、すっかり腰が抜けてしまったソフィーが立てるはずもなく。

ハウルに下ろして貰ってもその場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

「―――そんなに怖かった? ソフィーって高所恐怖症だったけ?」

「恐怖症でなくっても怖いわよ!! もう……生きた心地がしなかったわ…」

ハウルは鳥になったり空中散歩をしたりするくらいだから高いところも全然平気なんだろうけど。

「機嫌直してよ。もうすぐ出てくるよ―――いいタイミングだ」

「え…」

ハウルが指さした方向を見る。

空が茜色に染まって来ているのが見えた。








山の一角から光が漏れる。

「―――!」

見る間に空が明るくなり、太陽が顔を出し始める。

「………」

ソフィーはただただその様子を見つめるばかり。

ハウルも何も言わずじっと目の前の景色を見つめていた。



空が青に染まり、わずかに混じっていた朱の色が雲からも空からも消えていく。

「……きれい…」

すべてを見終わった後も、ソフィーはそういうのがやっとだった。

「迫力があっただろう?」

「うん…」

ソフィーはぼうっとしたまま、まだ空を見つめている。

「……ソフィー!」

ハウルが肩を揺さぶると、ソフィーっはようやくハウルの方へと視線を向けた。

「ああ…ごめん。なんか…すごくって」

「ソフィー…」

「え?」

ハウルの指がのびてくる。

何だろう、と思っていると、その指はソフィーのまなじりに触れた。

「…や、やだ。何で涙が出てくるのかしら」

いつの間にかソフィーは泣いていた。

「凄く綺麗だったから、心が感動したんだよきっと」

ハウルは指で涙を拭うと、頬を伝うそれにそっと唇をあてた。

慌てて目を閉じる―――と。

その唇が頬を伝って、そっと唇に重なってきた。

軽く重なるだけのキスだったが、目を閉じる寸前に見たハウルの表情が何となく色っぽくて、さっきからソフィーはどぎまぎしっぱなしだった。

「――あけましておめでとう…」

「え?」

唐突に言われて目を開ける。

「そういうんだよね、新しい年が明けた時って」

ハウルが微笑んでソフィーを見つめていた。

―――全く、そういうことも知らずい今まで生きてきたのか。

いくら容姿が綺麗でも、こういうところはやはり子供だと言わざるを得ない。

「そうよ。……今年もよろしくね、ハウル」

「うん…よろしく」










さて。

その初日の出に連れていかなかったことで珍しくも怒ったのはマルクルだった。

夜が明けて結構な時間が経つのに帰って来ない二人に、マルクルの怒り(というか拗ねているのだが)は頂点に達していた。

「僕も行きたかったのに〜〜!!」

「まぁあの仲を邪魔するのは野暮ってもんさ」

すべての事情を知っているおばあさんがそう宥めるが、そんな男女の機微を幼いマルクルが理解出来るはずもない。

「後でハウルさんに文句言うんだから!!」

カルシファーはし〜らない、と言わんばかりに普通の火のフリをしている。

新年早々ソフィーが頭を悩ませるのは確実そうだった。








END

2005年最初の作品です。背景が微妙に違うような気もしますがまぁおいといて(?)。
初日の出を見るという風習は何処の地域にもあるようなので、ハウルの世界の原型になったらしいアルザス地方にもそういう風習はきっとあるに違いない。と勝手に決めつけてこういう話を書いてみました。どうぞ今年も宜しくお願い致します。




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