星の湖
星の湖は今日も良い天気だ。 皆が寝静まった夜、ソフィーはカンテラの明かりを頼りに星の湖を訪れていた。 月も出ていないために辺りは真の闇。 気をつけて歩かなければ間違って水に落ちてしまう危険を感じるほどの暗闇のなかを、ソフィーは恐る恐る歩いていた。 「……あ」 ようやくぼんやりと見えてきた影に、ソフィーは声を漏らした。 前にハウルが教えてくれた「夏にハウルが過ごした小屋」が見えて来たのだ。 「あそこまで行けば大丈夫よね……」 慣れた場所とはいえ、昼間とは全く勝手が違う。 小屋までたどり着いたところでソフィーはようやく全身の力を抜いて安堵のため息を漏らした。 「さて、と」 扉に鍵はかかっていない。 中から椅子を持って来て、腰をかける。 カンテラの明かりを消すと辺りは闇に包まれた。 「……わぁ」 空を見上げると満天の星空が見えた。 別に星空自体は珍しいものではない。 確かにソフィーが生まれ育った町は蒸気機関車の煙などに阻まれて空はぼんやりとしか見えない。 だが城から見ればいつも宝石箱のような空が見られるのだ。 わざわざ星の湖にまでやって来て(しかもソフィー一人で)鑑賞しなければならないほどの貴重な光景でもない。 だがソフィーはどうしてもこの場所で空を見上げたかったのだ。 「……あっ、来た」 すぅっ、と。 星空を光がよぎる。 暫く待っているとまた一つ。 ぽつぽつと満天の星空のなかを、かすかな光がよぎるのがはっきりと見えた。 「……やっぱり少ないか。仕方ないけど」 買い物に出た時に噂で聞いたのだ―――今日は流れ星が落ちる日だと。 流れ星―――それはカルシファーの仲間たち。 本当にそうなのか気になってカルシファーに聞いてみたところ、 「そうみたいだね」 カルシファーの返事はそんなあっさりしたものだった。 「気にならないの?」 「うーん、落ちてくるって言っても、今日は少ないと思うぜ? 気配をそんなに感じない」 「そうなの?」 「せいぜい一晩で100個くらいじゃないかなぁ? おいらが落ちて来た時には一晩で数万個もの流れ星が落ちて来たんだから」 「そっか……」 流れ星の話はハウルにはしなかった。 ハウルに言っても「ふうん」で終わってしまうのは分かっていたし、ソフィーが見たいと言えばすぐにでも魔法で流れ星が良く見られる場所へと連れていってくれるだろう。 (―――そうして欲しい訳じゃ、ないもの……) ソフィーは流れ星が見たかった。 だがそれは特等席で眺めたかった訳ではない。 (私はこの場所で流れ星を見たかったの……) ハウルとカルシファーが出会った場所。 自分がハウルやカルシファーと出会った場所。 そしてカルシファーが落ちて来たのと同じように落ちてくる星達を見たかったのだ。 別に星を捕まえたい訳ではない。 ただ、見たかった。 (―――もし) (もしもハウルがカルシファーと出会ってなかったら) (今頃ハウルはどんな大人になっていたんだろう?) ―――私は、どうなっていただろう?? 「ソフィー!」 突然声が聞こえて、ソフィーはいつの間にか閉じていた瞳をはっと開けた。 いつの間にか点いていたカンテラの明かりに照らされて、ハウルがソフィーを覗き込んでいる。 「大丈夫!? 気分はどう!?」 「え……」 心配そうに見つめるハウルが矢継ぎ早に投げかけてくる言葉に、ソフィーはただ目を丸くするだけ。 「一人で真夜中にこんなところまで来るなんて……! 体が冷えてしまってるじゃないか! 夏って言ったってこの辺りは夜とても冷え込むんだよ!?」 「……そ、そう……?」 ハウルの腕がソフィーの背にまわり、引き寄せてくる。 ハウルに抱き寄せられて、服を通して伝わってくる体温が思った以上に温かく感じた事で、ソフィーはようやく自分の体が冷え切っていたことに気がついた。 「……ほんと。結構寒かったのね、ここ」 「ソフィー……朝までここにいたら風邪を引くどころじゃすまないところだよ」 帰ろう、と促してくるハウルに頷き、ソフィーは空へと視線を向けた。 つられてハウルの視線も空へと向く。 二人の視線の向こうで、流れ星がすぅっと流れ落ちるのが見えた。 「ああ……流れ星か。……もしかしてそれを見に来たの?」 「……まあね。私のいた町ではなかなか見られなかったし……珍しくて」 流れ星が見たかった本当の理由は、言えなかった。 特に隠す理由もないのだが―――何だか気恥ずかしい。 「僕に言ってくれれば一番良い処で沢山見せてあげるのに」 思っていた通りの言葉をハウルが口にして、ソフィーは思わず笑みを漏らしてしまった。 「……どうして笑うんだ?」 「何でもない」 「何でもないことないと思うんだけどなぁ……」 ハウルの腕がソフィーの腰へとまわり、固定するようにぎゅっと抱きしめられる。 ふわり、と体が浮かぶ感覚にソフィーはハウルの服を掴んだ。 「……大丈夫、絶対に放したりしないから」 ――口にしなくても、ハウルがソフィーの事を大切に想ってくれているのはよく分かる。 何があっても絶対にソフィーを放さないだろうことも。 ――だけどやっぱり考えてしまうのだ。 もしもハウルと出会ってなかったら―――私はどうしていただろう? もしも。 ――ハウルと引き離される事になったら、私はどうするんだろう? その先は怖くて、考えられなかった。 END |
ハウルTV放映きねーん(≧▽≦)。……何回目の放映かは忘れてます(冷や汗だらだら)。今回はソフィーの内面を全面的に押し出してみたちょっとせんちめんたるーな感じ……を狙ってみたんですが。ソフィーってジブリヒロインの中でもちょっと内向的な感じがすると思います……そこが可愛いんですけどねv ちょっと引っ込み思案な女の子が大好きです〜〜(≧▽≦)。 |