Kiss me








「お休みなさい」

「お休み、マルクル」

カルシファーの前で編み物をしていたソフィーは、挨拶に来たマルクルがもじもじとしているのに気がついて「なあに?」と問いかけた。

「あの…あのね」

「うん」

「ぎゅって抱きしめて、キスしてくれる…?」

ソフィーはおや? と首を傾げた。

マルクルは歳の割には大人びていて(まぁあのハウルの元で暮らしていれば、マルクルの方が大人にならざるを得ないのは当然だろう)、子供らしい要求をしてくることはあまりなかったのだが。

「ジョアンナが言ってたんだ」

ソフィーの家の近くの子とこの頃仲良くなって一緒に遊んでいるのを目撃した事がある。

その中の一人だろう。

「お母さんね、いつも夜寝る前は抱きしめてキスしてくれるって……」

なるほど。

ソフィーもまだ幼かった頃、母が生きていた時はそういう風にキスして貰って眠りについた。

小さい頃に両親を失ってしまったマルクルにとっては、ソフィーが母のようなものなのだ。

「いいわよ。そのくらいお安いご用だわ」

ソフィーはしゃがみこんでマルクルに視線を合わせると、彼の体を包み込んでぎゅっと抱きしめた。

「お休みなさいマルクル。良い夢を…」

ちゅ、と頬にキスを落とす。

抱きしめられたマルクルが「うん」と嬉しそうに答えるのが嬉しくて、ソフィーはもう一度マルクルの頬にキスをした。

「さ、もうベッドにお入りなさい」

「うん! お休みソフィー!」

さっきとはうってかわって元気よく自分の部屋へと戻っていくマルクルを見送って、ソフィーは途中止めにしていた編み物を手にとった。

「……知らないぞ〜おいら」

今までずっと黙っていたカルシファーが突然そんな事を言い出した。

「何が?」

「この城にはもう一人大きい子供がいるだろ。しかも変に知恵のついた」

「………それで?」

「ぜーったい、難癖つけてくるぞぉ」

「…今は自分の部屋で何やら怪しい事をしてるから、言わなきゃ気がつかないわよ」

「そうかなぁ……」

「カルシファーが口を滑らせさえしなければね」

「むっ。おいらは口が固いんだぞぉ!」

ぼおっと燃え上がるカルシファーにはとりあわず、ソフィーは黙々と手を動かしていた。








さて。

マルクルへのお休みのキスは習慣化した。

「じゃお休みソフィー!」

マルクルがソフィーの前へとやってくる。

リビングにいたハウルが「ん?」という様子でソフィーとマルクルを見ているのをカルシファーは見逃さなかった。

「お休みなさい、マルクル」

屈み込んだソフィーがぎゅうっとマルクルを抱きしめて頬にキスを落とす。

にこ〜、と微笑んでまた自分の部屋の方へと駆けていくマルクルの背に、ソフィーは声をかけた。

「ちゃんと毛布をかけて寝るのよ! 明け方は冷え込むからね!」

「はーい!」

マルクルの軽い足音が廊下の向こうに消えていく。

それを確認してからソフィーはやり残した仕事をしようと振り返った。

―――と。

「いつからああいう事、マルクルにしてるの?」

ハウルが何やら不機嫌そうに立っていた。

「ああ…アレ?」

―――ちょっと前にカルシファーと交わした会話が思い出される。

ちらりとカルシファーを見るも、カルシファーは知らん顔で薪の下に潜り込んでしまっている。

「母親が良く子供にすることよ。マルクルには母親がいないし……この城では私が母親代わりみたいなものでしょ? だからよ」

「ふーん……」

ハウルがソフィーの方へと近づいて来る。

それに威圧感を感じてソフィーはどきどきしながら一歩後ずさった。

それでも近づいてくるハウルに、ソフィーの足が更に一歩下がる。

「え…えぇっと、あたしまだやり残した仕事があるから……」

「じゃあ僕がソフィーにいつキスをしても構わないってことだよね?」

はっと気がつけば、壁際まで追いつめられていた。

「ど、どうしてそうなるの」

「だって僕らは恋人同士だろ? 恋人だったらそういう事を何時したっておかしくない訳だし」

微笑みを浮かべながらソフィーを見下ろしてくるハウルだが―――目が全然笑っていない。

「マルクルに対しては僕の目の前でも出来るってことは、僕とするのもいつでも大丈夫って事だよね?」

「それとこれとは違う〜〜〜!!」

マルクルに対するものはあくまでも親愛のキス。

だがハウルが求めているのは男女のキスだ―――誰もいない処ならともかく、誰かの視線がある処で(それにはカルシファーも当然含まれる)そうやたらにべたべたするのは憚られる。

「言い訳は聞かない」

「ちょ、ちょっと待ってハウルっ…」

ソフィーの声が途切れる。

(―――だから言ったのに、なぁ……)

ソフィーに対するせめてもの情けで、カルシファーはその光景を見ないようにと小さく縮こまった。













次の日。

「も〜〜〜金輪際、ハウルには近づかないんだから――――っ!! バカ!! もう知らないっっ!!!」

「そ、そんなに怒らなくたって……っ!」

言い訳を口にしようとしたハウルの顔に枕がクリーンヒットした。

ベッドではシーツで体を隠したソフィーが怒りもあらわにふるふると震え、次のものを投げつけようとぬいぐるみを構えている。

「出ていって―――っ!!」

「わわわ、ごめんてばっ!!」

這々の体で自分の部屋から飛び出したハウルは扉をしめてはぁ、と溜息をついた。

そんなハウルにふよふよっとカルシファーが近づいてくる。

「……やりすぎだって」

「ほんとにキスだけにするつもりだったんだけど、あんまりにもソフィーが可愛いから、つい」

等と言いつつもハウルの表情は昨夜よりもほころんでいる。

嬉しさを隠しきれない、といった彼の様子にカルシファーは心底ソフィーへ同情した。

「朝ご飯くらいは作ってやれよ、そんくらいしたってバチは当たらないだろ」

「そうだね。暫くは動けないだろうし」

「労ってやれよ……ハウルみたいに頑強な体じゃないんだからさぁ…」

「十分労ってるつもりだけどね。じゃ僕、作ってくるよ」

鼻歌混じりに歩いていくハウルを見たら、ソフィーはまたもや怒るに違いない。

カルシファーは「……ご愁傷様」と呟いて、またふよふよと暖炉へと戻っていったのだった。










END

ついにやっちまいました。と大きく書いてしまうくらいアップにはかなり躊躇。とはいえど、ハウルがかなり「脳天気+確信犯」でギャグで済ませられるだろうと(勝手に)判断して書き逃げ。センチヒでもハクがブラック化してましたが、ハウルの方でもそうなりましたねぇ…。しかも書いててとっても楽しかったですよ、彼。
しかしソフィーの場合カルシファーは心配はしてくれるものの決して助けてはくれないので、自分で何とかしないといけない分千尋よりも逞しそうです。ほだされるのも早そうだけど。
―――シリアスを暫く書いてると反動でこういうギャグを書きたくなっちゃうんですよねぇ……。




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