Take to










静かな夜だった。

マルクルにはお休みのキスをして寝かしつけたし、ヒンはおばあさんと一緒に眠っているのを確認した。

カルシファーはうとうとしているのを見てそっと薪を近くに置いてあげたから、自分で気がついて薪をとるだろう。

ハウルも先ほどソフィーの部屋までやってきてお休みの挨拶をしたので、きっと今頃は夢の中。

いつもは動く城も今はその身体を休めている。

しーんと静まりかえった部屋のなか、ソフィーが動かす針の音だけが響いていた。





「……ふぅ」

ソフィーは息をついてたった今出来上がったばかりの帽子をすぐ隣にある帽子かけにかけた。

今回のは自分でも結構な自信作だ。

敵情視察の為にとハウルに都会に連れていって貰い、あちこちの帽子屋を巡って今の流行を知り、その上で自分なりのアレンジをくわえて作り上げたもの。

古い時代のデザインを残しつつも新たなものをくわえたこのデザインは、自分の同じ年頃の女の子にどう映るだろう。

自分の帽子を手に取り、嬉しそうに鏡を覗き込む女の子の姿を思い浮かべると、つい笑みがこぼれてくる。

―――と同時に、ハウルの言葉が頭をよぎった。




―――カルシファーの力は失ったけど、僕の魔法使いとしての力が失われた訳じゃない。十分食べていけるだけのお金は稼げるんだから、ソフィーがそんなに根を詰めて帽子作りをする事はないんだよ。





毎夜家事を済ませてから自分の仕事に取りかかるソフィーを心配してのハウルの言葉なのは分かっていた。

(――でも、一緒に暮らしてる以上何にもしない訳にはいかないのよ)

家事をするのは当然のこと―――誰かがしなければこの城はすぐに前のように汚い有様になってしまう。

微々たるものではあるが、自分も何か作業をしてハウルの手助けがしたい。

何もせずにただハウルの好意に甘え続けるのは嫌だった。

と考えれば、ソフィーが出来る事はこの父から教わった帽子作りくらいしかなかった。

ハウルと出会う前はただ惰性でやっていた帽子作りだったが、こうやってこの城で作業をするようになってからというもの、あんなデザインにしたい、こんなものも作ってみたいといろいろな欲求が生まれてくるようになった。

生まれて初めて、帽子作りが楽しいと感じるようになった。

だから夜遅くまでの作業も全く苦じゃない。



「……もうこんなに経ったの」

作業を始める前に念のためと油を継ぎ足しておいた筈のランプの火が、弱くなっている。

もうそろそろ寝なければ明日の朝が辛くなるだろう。

「……もう一つくらい作りたかったけど、今日はもう終わりにしようかな」

「そうした方がいいよ」

自分以外の声が背後から聞こえて、ソフィーはぎょっと振り返った。

「……まだ起きてたんだね、ソフィー」

ハウルがパジャマに上着を肩にひっかけた姿で扉のところに立っていた。






「ごめんなさい、静かにしてたつもりだけど……起こしちゃった?」

「ううん、そうじゃない」

慌ててハウルに近づいて彼の腕をとる。

「……っ」

驚くほどその腕が冷たくて、ソフィーははっとハウルを見上げた。

見れば足も裸足、肩からひっかけているものもどちらかと言えば装飾としての意味合いしかない上着で、決して彼の身体を温める防寒にはなり得ない。

「いつからいたの……体が冷え切ってしまってるじゃない!」

「このくらいは平気」

「駄目よ。風邪をひいたらどうするの!」

むんずとハウルの腕を掴む。

「何か温かいものを飲んだ方がいいわ。それともお風呂の方がいいかしら……」

カルシファーを起こしてお湯を沸かして貰おう―――そう思って歩き出そうとしたソフィーは、反対にハウルに腕をとられた。

「きゃ…」

そのまま抱き込まれてしまう。

自分を包み込むハウルの身体が氷のように冷たくて、危うくソフィーは悲鳴をあげてしまうところだった。

「ハ…ハウル、冗談は後にして」

「冗談なんかじゃないよ………」

今にも泣きそうなハウルの声と共に、ソフィーを抱きしめる腕に力がこもる。

―――また、何かあったかな。

カルシファーとの契約はなくなっても、ハウルが類い希な力を持つ魔法使いには変わりない。

色んな名前を使い分ける事はしなくなったが、今まで知れ渡っていたハウルの名も手伝って、彼の力を求める者は多い。

だがそういう駆け引きはハウルの最も苦手とするところで、そつなくこなしてはいるものの酷く精神を消耗してしまうようである。

落ち込んだりとか辛い時にこうやってソフィーに甘えに来るのが、ハウルの行動パターンだった。

「……どうしたの? 今回は何があったの?」

優しく母親が子供に問いかけるように語りかける。

だがハウルはただ首を横に振った。

おや? と思った。

では一体何がそんなにハウルを落ち込ませているのだろう。

「……じゃ、どうしたの? 何かあったんでしょう?」

「ぜんぜん……気づいてないんだ」

「は?」

「……ソフィーのせいで落ち込んでるっていうのに」

恨みがましく言われてソフィーは思わずハウルを押し戻した。

「あたしのせい? 何で?」

「わかんないの?」

何かやっただろうか、と頭のなかで反芻してみる。

―――ハウルの嫌いな野菜を食事に使ったことかな。でもあの時はハウルも半べそながらに納得して食べたし。

勝手に部屋の掃除をしたこと? でもここには触れないように、と言われたまじないの部分には触らなかったし。

下着やら何やらを洗濯したのを恥ずかしがってる訳でもないよね、今更だし。

色々と考えてみたがどれもしっくり来ず、ソフィーは考えるのを諦めた。

「……ごめん、わかんない」

ハウルが大きく溜息をつく。

そしてよりいっそうソフィーを強く抱きしめて来た。

「―――心って、こんなに苦しいものなんだね……」

「……ハウル?」

ここに至って、ようやくソフィーもハウルの様子がおかしい事に気がついたのだった。








何とかハウルを宥めてリビングに連れて来、椅子に座らせる。

ともかく温かいものを飲ませて落ち着かせるのが先だろう。

「カルシファー、起きて」

「ん、んんん〜〜…」

薪に突っ伏すようにして眠っていたカルシファーが目を擦りながら声をあげる。

「ごめんね、寝てるところ起こしちゃって。お湯を沸かしたいの……頼める?」

ちらりとカルシファーはソフィーの後ろへと視線をやった。

視線の向こうには、椅子に座ったまま項垂れているハウルの姿がある。

「……分かった」

「ありがと」

ソフィーは薪を増やすと水を入れたやかんをカルシファーの上に差し出した。






温めた湯でお茶を入れて、ハウルへと差し出す。

「飲んで。身体が温まるわ」

緩慢な動きで首をもたげたハウルは、おずおずとカップを受け取った。

「喉乾いちゃった。私も貰おうっと」

自分の為にお茶を入れ、椅子を持って来てハウルの隣に座る。

一口飲むと、温かさが喉を通っておなかにまで染み渡っていくのが感じられた。

―――私の身体も随分と冷え込んでたのね。

いつもなら口うるさく話しかけてくるカルシファーも今は黙ったきり。

ハウルはと言うとこちらも黙ったまま、ゆっくりと一口ずつ、茶を味わっていた。




「私がここにいるのがハウルは嫌なの?」

どうやって切りだそうかと思いつつ、結局ソフィーは単刀直入に切り出した。

わざと一番最悪な言葉を選んで切り出してみる。

案の定、ハウルははっと顔を上げて語気を強めた。

「そんなことない!」

―――私の存在が原因じゃない。とすれば、私が無意識に行動したことでハウルは傷ついたってことになる。

一体何で?

「じゃどうして? 私のせいで落ち込んでるんでしょう?」

「…………」

「黙ってたら分からないわ、ハウル」

急かすでなく、あくまでも優しくゆっくりと問いかける。

根は臆病で―――裏を返せば優しくて傷つきやすいハウルを決して急かしてはいけない。



ハウルはじっとソフィーを見つめていた。

これから言う事をソフィーが怒らずに聞いてくれるかどうか確かめるように、心の奥底を見透かすように。

「……言って」

にっこりと微笑んでみせると、ハウルはようやく口を開いた。



「……ソフィーはここの処、ずっと夜遅くまで帽子を作っているだろう? 出来上がったらそれを売りに出して、自分でお金を稼いでる」

「…………」

「―――この城にいるの、嫌になった…? 僕と一緒にいるの嫌になったから、自分で生活していく為のお金を貯めてるんだろ?」

「………え?!」

大人しくハウルの言葉を聞いていたのだが、いきなりそんな事を切り出されてソフィーは目を見開いてしまった。

「ハ…ハウル? 何でそういう風になるわけ?」

「だって……色々言ってもソフィー、仕事を辞めようとしないし。帽子を作っている時のソフィーはとても楽しそうだし」

段々と幼い子供が拗ねた時のような物言いになってくるハウルの口調を聞いているうち、ソフィーは笑いがこみ上げてくるのを抑えられなくなった。

「それに…」

「……ぷっ。くくくくっ……あはははは!」

突然笑い出したソフィーを今度はハウルがびっくりして見つめ―――やがて、その瞳が潤んで表情が怒りに彩られた。

「わっ…笑い事じゃないっ! こっちは真剣に悩んでるのに!!」

「ご、ごめんっ……で、でもっ…、ハウルがそんな事で眠れなくなるほど真剣に悩んでたなんて、思わなくってっ……!」

「ソフィー!!!」

笑いすぎて滲んできた涙を拭いソフィーは立ち上がると、怒りに震えるハウルをぎゅっと抱きしめた。

「……っ…」

「そんな事しないわよ。あなたが私を魔法で助けてくれてるのと同じ。私もこの仕事であなたを助けたいの」

ハウルは黙ってソフィーの言葉を聞いている。

ハウルが抵抗しないのをいいことに、ソフィーはハウルのやわらかな黒髪を優しく撫でた。

「…………」

「あなたの役にたつのが嬉しいから、帽子作りも面白いのよ。あなただってそうでしょう?」

「……うん」

「だからそんな心配をしなくていいの。……あなたが私を必要としてくれている限り、私はこの城にいるわ」

強張っていたハウルの身体から強張りが抜けていく。

「大体放っておける訳ないじゃない。こんなに傷つきやすくて甘えん坊の魔法使いを一人にしておいたら、どんな事になるか」

「……悪かったね」

ハウルを押し戻し、彼の頬を両手で包み込む。

「それにあなた程頼りになる魔法使いもいないもの」

「…………」

「私もあなたが必要なの」

ハウルがソフィーの背中に手を回し自分の胸に抱きしめてくる。

彼の胸に耳を押し当てると、力強い心臓の音が聞こえてきた。

「……ソフィー、ソフィー……」

「だからそんな心配はしなくていいの。分かった?」

「……うん…」







「……あの我が侭で横暴なハウルをここまで手懐けてしまうなんてなぁ……」

これはすっかりソフィーを頼り切っている様子のハウルを見て、カルシファーがしみじみと呟いた言葉。

(そういうカルシファーもすっかりソフィーに手懐けられているのだが、それを本人は認めようとはしていない。)

「けどま、ソフィーが来てからこの城も随分と住みやすくなったし……精霊使いが荒いのだけは勘弁だが」

固く抱き合う二人をちらり、と横目で見てから、カルシファーは薪の下にごそごそと潜り込んで目を閉じたのだった。







END

突発ハウル小説その2。先に書いた方が割と格好良いハウルをイメージして書いたので、こちらは情けないハウルをイメージして書いてみました。ハクではぜっっっっっったいに書けないよなこのネタは。なんて思いながら書いていましたが……こういう情けない男って、皆様はどうですか? 私はいつもこうだとはっ倒したくなりますが、イザという時にはちゃんと動いてくれるならばこれはこれでオッケーでございます。かーなーりーいぢめたくなるキャラですね、ハウルって(笑)。




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