二人の微エロな絡みで5題

1.瞼に口付ける







「―――千尋?」
森へとやって来た千尋の表情が暗い。
いつも明るく元気な彼女のこんな表情は珍しい。
(――何かあったのか?)
心配になってハクが近寄ると、目が赤くなっている。
どうやら派手に泣いた後のようだった。
「どうしたんだい。千尋がそんな顔をしているなんて珍しい」
どうやって声をかけようか迷ったあげくにハクはそんな言葉で彼女に話しかけるしか出来なかった。
「…………」
「千尋?」
ハクがもう一度問いかけた瞬間、彼女から「みぃ」という返事が返ってきた。
「え?」
驚いてハクが目を見開くと。
「……今の、この子の声」
千尋が持っていた鞄を開けると、そこからひょっこりと小さい猫が顔を出した。
顔を出したとたん「みーみー」と鳴き続ける子猫にハクが「……拾ったの?」と声をかけると千尋は「うん」と頷いた。
「……あのね……」
千尋は子猫を抱き上げると、ぽつりぽつりと話し始めた。



学校からの帰り道。
いつも通る道からちょっとだけ裏に入ったところで、子猫を見つけたのだと言う。
親猫とはぐれてしまったのか電信柱の影でみーみー鳴いていた。
このままでは他の猫かカラスかの餌食になりそうだと判断してこっそりと家に連れ帰ったのだが、娘にとことん甘い父親はともかく、母親が猛反対。
飼う飼わないで大げんかになり、「元の場所に戻して来なさい!」という母親の言葉に千尋はついに泣きながら家を飛び出して――――そして今に至る。



「………どうしよう……ね、どうすればいいと思う……? お母さん猫は何処にいるか分からないし…」
家では飼えない。
しかし頼めるような友人もいない。
困ったあげく、千尋はハクの処へとやって来たのだ。
(……泣く程の事でもないと思うんだが……)
ハクにとっては子猫一匹さして重要な問題ではない。
何処で飼われようとのたれ死のうとハクにはまったく関係ない―――千尋の安全や彼女がどう思うか、という事だけがハクにとっては重要なことで、その他の事は全く興味がなかった。
だから「千尋が泣くほどこの子猫の事が重要」であるならこの猫の身の振り方を考えてやらねばならないだろう―――という結論に至り、ハクは千尋の肩をそっと持った。
「こういう生き物を好く者達は結構いるものだよ。引取先は探してあげるから泣くのはおよし」
「……ほんと?」
半信半疑なのか聞き返してくる千尋と共に、当の本人(猫?)である子猫も「みー」と声を上げる。
(分かってるんだか分かってないんだか……)
ハクは苦笑を漏らし千尋を引き寄せる。
何をされるのか、と目を閉じた千尋の瞼に、ハクは軽く口づけを落とした。
「私に任せておいで。大丈夫だから」
ハクが断言してくれた事で安心したのか、千尋はようやく微笑みを浮かべて「うん」と頷いた。






数日後。
「ハク――――!!」
前回悲痛な面持ちで現れたのが嘘のように、千尋は元気よく現れた。
「いらっしゃい、千尋」
「あの子猫どうなっ………」
最後まで言う事が出来なかったのは、その隣にいる人物を見て硬直したからである。
「相変わらず、分かりやすい娘御よのぅ」
苦笑するハクの隣には、木花咲耶姫命(コノハナサクヤノヒメノミコト)がいた。
そしてその腕にはあの子猫が抱かれている。
「わらわの前でそこまで分かりやすく嫌な顔をする者はそうそうおらぬぞ」
言葉こそ物騒だが、明らかに咲耶姫は千尋の反応を楽しんでいるようだった。
「そっ……その、その子猫………咲耶さまが……?」
「わらわが引き取らせて貰うたぞ。うまく育てば猫又にもなろうて」
「……何を育てるつもりなんですか、咲耶さま……」
「それは戯れ言として」
がっくり来ている千尋の反応を楽しんで満足したのか、咲耶は表情を引き締めた。
「このような幼子の命を大切にするそなたの心はしかと受け取ったぞ。悪いようにはせぬ……もしわらわが預かる事に不都合あるようならば信頼できる者に託すゆえ、心配するな」
ふざけているようでもここらはやはり神である―――今のは言霊だ、と気がついて千尋はようやく胸をなで下ろした。
「お願いします……咲耶さまにこのような事をお願いするのは筋違いだとは思うのですが」
「気にするな」
咲耶の腕のなかで子猫が「みぃ」と声をあげた。






「……でも、本当に大丈夫なのかなあ」
咲耶姫が帰ってしまってから、千尋はハクの隣に座って問いかけた。
「何が?」
「咲耶さまにお願いしちゃって……良かったのかな?」
咲耶がどれほどの神格を持つ女神かは千尋もつたない知識ではあるが知っているつもりだ。
それほどの神にこんな事をお願いして―――良かったのだろうか?
「気にすることはないよ」
ハクは苦虫をかみつぶしたような顔で遠くを見つめている。
「……あの子猫、雄の子猫だったんだよ」
「……うん」
それがどうした、といわんばかりの千尋にハクはため息をついた。
「……試しに人型を与えてみたら、結構美形になりそうな顔立ちだったんだそうだ」
「あー……」
そこまで言われて千尋は何故この子猫を咲耶が引き受けたのかを理解した。
咲耶がハクを贔屓にしているのは、ひとえにハクの美貌のためである。
「……育てるつもり、なのかな……」
「あまり深く考えない方がいいよ」
ハクに言い切られて千尋はその事についてそれ以上考えることをやめる事にした。
(……怖い考えになりそうだし)



今の千尋に出来ることは、あの子猫が幸せでありますようにと祈ることだけだった。






END

配布元:
久しぶりにこちらの方を更新。何年ぶり??(汗) お題を借りてきてみました。本当は微エロに使う筈のお題でどのくらい健全に出来るか(若しくは全年齢対象に耐えうる作品に出来るか)というちょっとした実験作品………エロい作品を期待していた方には肩すかしで申し訳ないです。
で、子猫を育てて美少年(猫又?)に……という咲耶姫のこの考え、まるっきり源●物語ですよねぇ……美しいものが好き、という考えには大賛成ですが。




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