二人の微エロな絡みで5題

5.指を舐める





珍しいこともあるものだ、と千尋は枕元に座ってじーっと眺めていた。
真っ赤な顔をしてうんうん唸っているのはリン。
額に乗せられた手ぬぐいは先ほど取り替えたばかりだというのにもう生ぬるくなっていた。
「大丈夫? リンさん……」
「……ぐらんぐらんする……」
客から風邪を貰ったらしいリンが千尋の「休んだ方がいい」という忠告にも耳を貸さず働き続けた結果、高熱を出してぶっ倒れたのは昨日の話。
千尋が自宅から持ってきた体温計で測ってみると39度あった。
「インフルエンザ……じゃないよねぇ」
「……なんだ、そのいんふる……なんとかっての」
―――人間じゃなくてもウィルス性の病気にかかるもんなのかしら?
風邪があるくらいなのだからインフルエンザやその他諸々の病気にもかかるのかもしれないが、まさかリンを人間界の病院に連れていく訳にもいかない。
結局「寝てりゃ治るさ」というリンの言葉で彼女は昨日から伏せっていた。
「……明日まで待って治らなかったら薬持ってきてみるね? 効くかどうか分からないけど……」
「おう……」
喋るのも辛いのか、リンはしばらく話すと目を閉じてしまった。
彼女が目を閉じても千尋はそこにじっと座っていた。
仕事に入るまでまだ時間はあるが、何かリンにしてあげられる事はないだろうか―――。
(すごく辛そうだし……何か滋養のありそうなものを作ってあげるのがいいかな)
千尋はぽん、と手を打った。
(そうだ、風邪の時にはショウガとか、ネギとかそういうのが良いっていうよね)
ショウガ湯でも作ってあげよう。
そろそろ厨房は動き出す頃だが、まだ時間はあるはずだ。
隅っこで作らせて貰おう―――そう思い立った千尋は、早速部屋を飛び出していったのだった。




「……ショウガ湯を?」
作ろう―――と思い立っても、厨房のものを勝手に使う訳にはいかない。
父役兄役に言うと許可は絶対に下りないため、千尋はハクに直接言う事にしたのだった。
ハクは苦虫をかみつぶしたような顔で千尋の前に立っていた。
「うん。リンさん苦しそうだし……早く治って貰わないと湯屋としても大変でしょ?」
「それはそうだけど……」
何故千尋がそこまでしなくてはならない?
という言葉は呑み込んで、ハクは(不承不承)頷いた。
「分かったよ……私も手伝おう」
「えっ!? でも、ハク忙しいんじゃ……」
「2人でやった方が早いだろう?」
そう言うなりハクは千尋の手をひいて歩き出す。
(……ハクもリンさんの事が気になるのかなぁ? 喧嘩ばかりしててもやっぱり仲が良いってことね)
千尋がそんな誤解をしているとは夢にも思わないハクであった。




厨房は既に仕込みに入っていたが、ハクが厨房を使いたいと申し出たのを断る者は誰もいなかった。
何処から調達してきたのか、ハクがショウガやおろし金、カップを持ってくる。
「私、するから」
全部ハクに任せてしまっては申し訳ない。
千尋は出されたショウガとおろし金を半ばひったくるようにハクの手から取ると、カップの上におろし金をおいてショウガを擦り始めた。
恐らく料理の盛り合わせで使われていたであろうショウガは元々小さく、気をつけて擦らないと指まですり下ろしそうだった。
「千尋、気をつけて擦らないと……」
「大丈夫……いった!!」
ちょっと気を反らせたその瞬間、千尋は見事に指をおろし金でこすってしまっていた。
「ほら、言わんこっちゃない」
千尋が指をくわえるよりも早く、ハクがその手をとって自分の口にふくんでいた。
「ハ、ハク……」
舌が傷口を舐める感覚に体がびく、と震えてしまい、千尋は顔が赤くなるのを感じていた。
痛みは感じない――――ただ、温かい感触を感じてしまい、そればかりが頭のなかをぐるぐる回る。
「も……もう、大丈夫だから……」
千尋がそう言うとハクは「そう?」という顔をして口を離した。
「後で傷薬を塗っておいた方がいいよ。ばい菌が入ったら大変だ」
「そっ、そうするわっ……は、早く作ってしまおうね!」
居たたまれなくなり、千尋はカップのなかにお湯を注ぎ始めた。
「蜂蜜を入れるといい。まろやかになって飲みやすくなる」
千尋が意識しているのを知ってか知らずか、ハクは千尋の耳元でそんな事を囁いてくる。
「分かった! 分かったからっ……!」
千尋は耳を押さえて飛びずさった。
「あ、後は自分で作るから!!」
蜂蜜をとるためにかにじにじと後ろに数歩後ずさったかと思うと、千尋は脱兎のごとく走っていってしまった。
後にはハクが取り残されるばかり。
「…くっ……」
しばしの沈黙の後、ハクは吹き出してしまった。
「そんなに慌てなくてもいいのに……」
本音としてはもう少し先に進んでみたい気もするのだけど―――彼女にはまだ早いのだろう。
「―――徐々に慣らしていくのも、また楽しいかな」
そんな物騒な事を呟いて、ハクは自らの持ち場に戻るべく歩き出した。





「はい、リンさん。ショウガ湯作って来たから飲んで?」
「う〜……あんがと…」
やっとの思いで身を起こし、リンは温かな湯気が立ち上るカップを受け取った。
「……うまいな……これ、千が作ったのか?」
「ハクも手伝ってくれたのよ?」
千尋の言葉にびくっとリンの動きが止まった。
「……ハクが?」
「そうよ?」
「……あいつがねぇ……」
そう言いつつまた一口飲むリンを見つめつつ、千尋は先ほどの事を思い出していた。
「…………」
かああっと頬が赤くなってくる。
(うわあ、うわあ、うわあ!)
あらかた飲み干したリンがカップを返そうと千尋を見る――――
「……千? どした……オレの風邪が移ったか?」
頬を押さえていた千尋はリンから言われて更に頬を赤らめさせた。
「なっ、何でもないの! じゃ、私仕事に行ってくるねっ!」
布団を跳ねとばす勢いで立ち上がって走り去っていく千尋の後ろ姿を見ていたリンの眉がぴくりと動いた。
「……あいつめ……」



それから数日して。
ショウガ湯が効いたのか、リンは元の体調を取り戻した。
「良かった、元通りになって」
「千のおかげだな。あんがとよ」
「私も一応手伝ったのだけど?」
千尋とリンの会話を何処で聞いていたのか、ハクが会話に割り込んで来た。
「……てめーには言いたくないね」
不適な笑みを浮かべてハクはリンを見ている―――その視線を見返すリンの表情は厳しい。
この2人の雰囲気が険悪なのはいつもの事なので、千尋も慣れたもので全く動じることもない。
「感謝される為にやった訳ではないからいいけどね」
「ハクがオレの為に何かするなんてあり得ないからな。千がやってるから手伝っただけだろ―――ついでに悪戯もしたようだし?」
ぴくり、とハクの表情が動く。ほんの僅かな変化だったが、リンは自分の言葉が当たっていた事を悟った。
「来い、千。仕事に行くぞ」
「え? あ、うん」
千尋の手を引いてリンが歩き出す。
それを見送っていたハクが歩きだそうとしたその時、リンが振り返った。
「オレが見ていない隙に手を出した罰。しばらく千はてめーに会わせないからな」
それだけ言うとリンはずかずかと歩き去っていく。
ハクが何か言い返す前に彼女たちの姿は消えてしまった。
後には呆然と立ちつくすハクが残されるばかり。
「……リン……!」
憎々しげに呟いたハクの言葉を聞く者はいない。




リンとハクの間は冷たいものになり「2人を絶対に一緒にするな」という暗黙の了解が湯屋に知れ渡ったのは言うまでもない。






END

配布元:
微エロなお題なので微エロを目指してみました。14禁?12禁?全年齢? 汚れた大人なので判断がつきません……とりあえず全年齢にしました。ギャグですから、ギャグ。
指を舐めるのはやはり怪我をした時かなー……という処からの連想で作ってみましたが、実際にやった事あります、おろし金で自分の指すり下ろしてしまうの……いったいんですよねぇアレ。
風邪をひいた時にショウガ湯を飲むのはオススメです。結構効きます。民間療法恐るべし。




HOME