雨の日の出来事
250000キリ番作品
終礼のチャイムが鳴ると、学校が突然にぎわいを取り戻すのは、何処にでもある話。 千尋の通う高校もその例に漏れず、であった。 「千尋」 話しかけられて視線を向けると、ハクが教室の扉のところに立って千尋の方をのぞき込んでいた。 「ハクのクラスも、終わったのね」 「うん」 それじゃぁ……という声は、千尋の教室から聞こえて来た「きゃ〜〜!!」という黄色い悲鳴によってかき消された。 「速水くーん!」 「いらっしゃい!! そんなとこに突っ立ってないで、入って来ていいわよ!! 荻野さんはまだ掃除が残っててすぐに帰れないんだから!」 こら、勝手に人のスケジュールを決めるなってば!! と言いかけた千尋の手に押しつけられたのはほうき。 「はい。中庭の掃除、よろしくね?」 にこにこ微笑みつつも目が笑ってないその女生徒は、クラスのなかでも特にハクにご執心な者の一人だ。 ここで断ったら後でとんでもない目に遭うのは目に見えている(ただでさえハクと知り合い(周りは恋人どうしというのは断固として認めてないようだ)であることで何かと風当たりが強いのだ)。 「……来週の掃除当番、代わって貰うからね?」 ここはひけないとばかりにそう告げると、相手は仕方ないと肩をすくめつつも頷いた。 「分かったわよぉ……荻野さんて、そういうとこシビアなんだから」 「当たり前よ」 ここらの手はずはリンに仕込まれたようなものだ。 千尋はようやく納得してホウキを片手に教室を出て、掃除場所へと向かった。 「…………」 「さ、それまで話をしてましょ?」 腕を引っ張られながら、ハクは千尋の後ろ姿から目を離せなかった。 「……これで終わり……っと!」 ちりとりの中身を捨てて、掃除は終了した。 時間にすればわずか20分ほどである。 「……ハク、不機嫌になってるだろうなぁ……」 女の子たちから話しかけられている時、ハクはいつも機嫌が悪い。 千尋の手前もあって女の子たちにきつくあたる事はないようだが、つっけんどんな対応になるのは否めない。 ――――しかし、それも女の子たちからすれば「ストイック」とか「クール」とうつるようである。 「……ハクかっこいいからしょうがないよねぇ、こればっかりは……」 覚悟はしてたけども。 千尋は大きくため息をついて、教室へと戻るために歩き出した。 教室に戻ってくると、予想に反して女の子たちは殆ど残っていなかった。 ―――あれ? 不思議に思いハクのほうへと視線を向ける。 「………そうだったのですか」 「ああ。しかし奇遇だな」 一人の女の子とハクが机を挟んで向かい合うように座り、話をしている。 腰までもある黒髪を一つの三つ編みに束ねた色白の女の子で、千尋は初めて見る顔。 まるで化粧をしたかのように真っ赤なくちびるが印象的で……どこか浮世離れした雰囲気の少女だった。 「……千尋。掃除は終わったの?」 ハクに呼びかけられるまで、千尋はその少女から目を離せなかった。 「あ……うん。今終わったところ」 千尋に気がついた少女は立ち上がり、ぺこりとお辞儀をする。 慌てて千尋もお辞儀を返した。 「それでは……わたくしはこれにて」 「ああ。また」 そのまま出て行く少女を見送り――――千尋はふとハクに視線を向けた。 ハクは彼女が出て行った方向をまだ見つめている。 ――――こんな事は一度もなかった。 不安が千尋の心を染め上げていく。 「……今の人、だれ? 私は初めて見る顔だけど……」 「一つ下だと言っていた。河中瑞希(かわなかみずき)と名乗っていたけど」 「ふうん……」 人間離れした雰囲気を持つ少女だったから、もしかしたら精霊か何かか……と思っていたが、千尋は何も感じない。 本当に何も能力のないただの人間なのか、はたまた逆で強大な力を持つ故に、能力を隠し通せているのか。 「さ、帰ろうか」 「うん……」 何かが引っかかる。 だけどそれが何かは分からなかった。 それから一週間ほどがすぎた。 あれだけハクにまとわりついていた少女たちは、ぴたっとハクに近づかなくなった。 自主的に近づかなくなったというよりは、何かに阻まれて近づけないという様子である。 不思議に思った千尋が、取り巻きの一人に聞いてみたところ―――― 「なんか、近づけないのよ。あの一年生が来てから」 「一年生……河中さんのこと?」 河中瑞希はあの日から毎日のようにハクの元へと通っているようだった。 このごろでは千尋の方がハクのクラスへと迎えに行くことが多いくらいで、その時にも必ず瑞希がいる。 千尋が呼びかけるまで二人で真剣に話をしているのだ。 (―――面白くないっ) ハクがモテるのはもう分かり切っている事だったから諦めてはいたが、河中瑞希だけは違った。 唯一ハクが千尋以外に興味を示した女性。 (………私じゃハクを満足させるような事、言えないのは分かってるけど……) 「荻野さんもうかうかしてるとあの子に速水くんとられちゃうわよ?」 じゃあね、と肩を叩いて去っていく同級生を見送って、千尋はため息をついた。 (――今日はハクと会いたくないかも……) 今日はもうこっそり帰ってしまおう。咎められたら「頭が痛かった」とでも何でも言いつくろえばいい。 きっと今頃は二人で話をしている頃だろう。 千尋はハクのいる教室に向かう事なく、そのまま校舎を出た。 家に帰っても落ち着かなかった。 母親の言葉も無視して部屋に閉じこもってから1時間。 服を着替えてベッドに寝転がってふて寝をしようと試みてはみたものの、ちっとも眠くならない。 目を閉じて思い浮かぶは仲良さそうな二人の姿―――で目を閉じていられないのだが。 これでは明日何食わぬ顔をしてハクに言い繕うことなんて出来やしない。 「………はぁ…」 何度目かのため息をついた時。 ざぁぁぁぁ…… 窓の外から水音が聞こえてきた。 「……雨」 起きあがって窓の外へと近寄ると、外はいつの間に降り出したのかどしゃぶりの雨だった。 「……空も私の気持ちとおんなじって訳ね……」 空はどんよりと重くたちこめる雲ばかりで、見ているだけでますます憂鬱な気分になってくる。 「やまないのかな……」 またため息をつこうとした千尋は、ふと窓の外……自分の玄関に視線を向けた。 「……え」 そこには、さっきまでハクとともにいたはずの河中瑞希の姿があった。 傘もささず、ずぶぬれのままでじっと千尋の部屋の窓のほうを見つめている。 ハクが案内したのかと思い慌てて彼の姿を探すが、見覚えのある黒髪は見えない。 千尋が自分に気がついた事を悟ったのか、彼女は千尋に向かって手招きをするような仕草を見せた。 「………………」 もしここにハクがいたら、「行くな」と言っただろうか。 それとも意に介さなかったりするだろうか。 「………行こう」 千尋は簡単に身だしなみを整えると、部屋を出て行った。 得体が知れない(と千尋が勝手に思っているだけかもしれないが)人と会うのは気がひけるが、後にはひけなかった。 ハクへの反発心も、きっとあったに違いない。 「……申し訳ありません。家までおしかけてしまいまして」 「それはいいけど……風邪ひくよ?」 千尋が差し出した傘を、瑞希は首を横に振って辞退した。 「……お話。したいことがあります……」 それは予測出来ていた事だから千尋は驚かなかった。 「……ここで? それとも別のとこで?」 「案内します。ついて来てください」 瑞希はそういうなり背を向けて歩き出してしまった。 一瞬早まったかとも思ったが、今更撤回出来るはずもない。 千尋は渋々後についていった。 瑞希に案内されたのは自宅近くの森――――あの異世界に続くトンネルがある森の、もっと奥深くだった。 この森には良く遊びに来たが、こんなところがあるなんて知らなかった。 奥まったところはまるで人の手が入った様子もなく、獣道すらない有様。 だが不思議と、瑞希はこの場所を良く知っているようだった。 「……ずいぶん歩きましたから、この辺りに致しましょうか」 奥まったちょっとした広場のようなところでようやく瑞希が立ち止まる。 「……あの、話って?」 もう一度千尋が尋ねると、瑞希は振り返った。 そうして、千尋の前にひざまずく。 「え、ええっ!? あ、あの、河中さん!?」 雨でぬかるみになった大地に膝をついた瑞希は、千尋が促しても立ち上がろうとしない。 「申し訳ございません。わたくしの勝手な都合であなた様の時間を奪ってしまいまして……」 「あ、あの? あの?」 いきなりそんな事を言われても千尋にはさっぱり事情がつかめない。 「いきなりそんな事言われても私にはさっぱり分からないよ? だから……あの、落ち着いて。とにかく立ち上がって」 千尋が何度も腕を引っ張ると、瑞希はようやく立ち上がった。 「申し訳ございません。それではお言葉に甘えさせて頂きまして……」 少し瑞希が落ち着いたのを見てとって、千尋はさっきから感じていた事を口にした。 「あの…あなたは何者なの?」 こうして対峙すると彼女が何か力を持っているのが感じられる。 学校にいた時はわざと力を隠していたのだろう。 「わたくしは、ここより南に位置する湖の、蛟(みずち)でございます」 蛟は竜と良く似てはいるが、竜ほどの力も立場もないらしい。 そして瑞希のすむ湖が汚れてきたため、力が失われて来た時――ハクの存在を感じ取ったのだそう。 「それで……色々とハクと話をしたという訳ね?」 「はい。白竜さまには少しお力をわけて頂きまして……今人間たちが湖の浄化を頑張ってくれているのもあり、少しずつ回復をしてきております」 今日を最後に湖に戻るつもりだと瑞希は告げた。 「きっとあなた様が誤解されていると思いまして……白竜さまには内緒ではありますが、こうしてお時間をとらせて頂いたのです。申し訳ございません」 深々と頭を下げる瑞希に、千尋は慌てて首を横に振った。 「いいよ、そんなの……」 「いいえ……竜の花嫁たるあなた様をないがしろにするという事は、消滅させられても致し方ない重罪でございますゆえ」 千尋はえ、と声を上げた。 「竜の花嫁……って私?」 「はい」 ハクのお気に入りだから……という事だろうか? それは自分でも十分自覚していたが――――他人から言われるとこそばゆい。 「……もうあなた様の前に姿を見せる事もないかと思います。弁解の機会を与えてくださり、有り難うございました……」 その言葉にはっと視線を向けた時には瑞希の姿はもう何処にもなかった。 「……河中さん?」 呼びかけても、雨の音が聞こえるばかりで、返事は返らなかった。 傘をさしてとぼとぼと家路について30分程度。 森を抜けたところで千尋は足を止めた。 「……ハク。どうしてここに……?」 ハクが傘もささずに入り口に立っていた。 「あの蛟と会ってたんだね。気配が残ってる」 そういいつつ近づいたハクは、千尋の肩のあたりをぱっぱっと払う仕草をした。 「え?」 「変に気配が残ってると、目をつけられるからね」 何に? という言葉は怖くて聞けなかった。 「知ってたのね、河中さんと会ってたの」 だから代わりに別の事を話題にしたが、ハクは別段怒っている風もなく、笑みを返した。 「彼女がどうしても謝りたいと言ってたからね」 「……私にちゃんと言ってくれれば良かったのに。色々相談にのってあげたりしてたんでしょ」 「そうだね」 「そうだね、……てそんなあっさり。私は……」 色んな事を想像して心中穏やかではなかった、という言葉はさすがに恥ずかしくて言えなかった。 だがハクはきっと分かっているのだろう、微笑みを浮かべたまま千尋を見つめていた。 「……さ、帰ろう。彼女に会いたければ湖に行けばいい」 「会えるの?」 ハクは頷いた。 「彼女はあの湖の主なんだ」 「へぇ……結構えらい人だったんだねぇ」 変な事に感心したような声を漏らす千尋に、ハクは笑いを堪えられなかった。 ―――目の前にいる自分はその上をいく竜神なのだが、果たして目の前の少女は分かっているだろうか? 「後100年もすれば彼女も竜になれるだろう。あれでもかなりの時を生きてきた蛟だからね」 「竜に………」 千尋はハクをじっと見据えた。 「……ハクみたいになるのかな、河中さんも」 「さぁ……どうだろうね?」 ハクはそれだけ言うと、きびすを返して歩き出した。 「あ、待ってよ、ハクったら! もう一つ聞きたい事があるのにぃ…」 「今は帰るほうが先だよ、千尋。もう日が暮れてしまう」 さっさと歩いていくハクを、千尋は「もう!」と不満の声を漏らして追いかけていった。 聞きたい事。 竜の花嫁について。 ……でも何となく、聞くのが怖い気もするから、ハクがはぐらかしてくれてちょっと安心した。 いつか、河中瑞希と名乗ったあの蛟に会う事が会ったら、聞いてみてもいいかもしれない。 そんな事を思いながら、帰宅の途につく千尋であった。 END |
250000キリ番作品です。ネタは出来てたのですが書いている最中に色々あって……という言い訳はここまでにしておきましょう。今回出て来た「蛟(みずち)」は竜の1ランク下ではありますが、場所によっては神様のように奉られていることもあるそうです。ハクは神ですから蛟よりはランクが上ですけども。で、竜よりももっと上のランクもあるそうですが、文献でも一体しか確認されていないそうで。神を超える存在なのか……と一人勝手にわくわくしてました。余談ですね……(^^;; |