エイプリルフール








今日は4月1日。

そう、いわゆる「エイプリルフール」である。

害のないウソならついても良い日。

千尋はどんなウソをつこうかと夜から思案していた。



「うーん、命に関わるのは縁起でもないからダメよね。かと言って日常に関するウソはハクには分からないし‥‥」

どうやらハクに対してどういうウソをつこうか、と考えているようである。

「案外いいのってないなぁ‥‥」

ばたっ、と机に突っ伏したまま暫くそのまま動かなかった千尋は――――突然がばっと起きあがった。

「そうだ! こういうのならいいかも‥‥!」

うふふふふー、と気持ち悪い笑いを浮かべ、明日のエイプリルフールを楽しみに待つ千尋であった。






さて、次の日。

いつもの待ち合わせ場所。

太陽はかなり上にまであがったのに、千尋は姿を見せない。

ハクは苦笑じみた溜息をついた。

世間一般的に言う「春休み」とやらに入ってから、千尋の生活リズムが狂っているようだ。

朝起きられない事もしばしばで、ハクのところに朝10時にという約束も遅刻する事が多々ある。

「‥‥そろそろきちんとした生活に戻さないといけないかな」

という保護者のような事を考えてしまう、真面目であるがゆえに悲しい性(さが)を背負ったハクであった。

「ごめぇーん!」

パタパタという軽やかな足音ともに、賑やかな声が背後から聞こえてきた。

やっと来た。

「千尋、遅い‥‥‥」

と振り返ったハクは―――――そこで固まってしまった。




「どしたの? ハク」

千尋はキョトンとした顔でハクを見つめている。

「‥‥‥ち、ちひろ‥」

「なぁに?」

ハクは胸を押さえて深呼吸した後、微かに頬を染めて呟いた。

「ど‥どうしてそんな‥‥ろ、露出度の高い服を着ているんだ!?」





千尋の今日の格好。

肩はむき出しで、もう少し下がると胸の谷間が見えてしまう。なのにおなかが出ている為、おへそが丸出し状態。

下は短パンに生足で、ミュールをはいているので、目のやり場に困る。

いつも高く結い上げられている髪は下ろされていて、耳で微かに光るのはイヤリングらしい。

うっすらと唇が濡れているように見えるのは口紅をつけているせいだろうか。


いきなりの千尋の姿に、ハクは本気で狼狽えていた。





「え、折角だからイメージチェンジしてみようと思って‥‥似合う?」

ハクの前でくるん、とまわってみせる千尋に、ハクは目を向けられない。

「どうして目を逸らすのー?」

と言われても――――何処を見ても肌が見えてしまう状態では、姿形は若くても考え方はそんじょそこらの年寄り以上に古いハクにとって刺激でしかない。

「とっ‥‥とにかく千尋っ! 何か服を着なさい!」

「もう着てるってば」

「そんな服装では着ているうちに入らない!」

そんな不毛なやりとりが暫く続けられて――――

ハクは疲れた、といった様子で腰を下ろした。

「せっかくハクに喜んで貰おうと思って露出度高めにしてみたのに〜〜」

「‥‥‥千尋、私を一体なんだと思っているんだ‥‥??」

ハクが腰を下ろしたので、千尋もその隣に腰を下ろす。

そのとたん―――ふわり、といつもの千尋とは違う香りが鼻腔をくすぐった。

「‥‥千尋、何かつけてる?」

「あ、分かった? お母さんの香水を借りたの! シトラス系の香りって書いてあったんだけど‥‥」

と色々説明をしてくれるが、ハクには何の事かさっぱり分からない。

楽しそうな千尋の様子は嬉しいが―――しかし、千尋が自分には分からない遠いところに行ってしまったような気がして、正直言って寂しい。

「‥‥ハク?」

ハクが黙り込んでしまったのに気がついて、千尋はハクを覗き込んだ。

「どうしたの‥‥そんな顔して‥‥」

「いや‥‥」

ハクは千尋から視線をそらした。

「‥‥‥千尋が違う人になってみたいだ、と思ってね‥‥」

言ってから、自分の声が思った以上に悲しげな響きを帯びているのに気づき、ハクは慌てて口をつぐんだ。

「あ‥‥」

千尋の方もうちひしがれたハクの様子に、言葉もない。



さぁぁぁぁ‥‥っ、と風が2人の間をすり抜けていく。





「その‥‥‥」

千尋がもじもじと胸の前で手を組む。

「わ、私‥‥‥本気でこんな事したんじゃないの‥‥」

「‥‥‥‥は?」

ハクは裏返ったような声をあげて千尋を見つめた。

「そのぅ‥‥今日ってね、エイプリルフール、なの‥‥」

「‥‥はぁ?」







千尋の説明はこうだった。

今日は害のないウソならばついても良い日。

なので色々と頭をひねった結果、自分の服装を変えてハクをびっくりさせる――――つまり自分の服装の趣味が変わった、というウソをつこうと考えたらしい――――と思いついたのだ。





「‥‥‥まったく‥‥」

すっかり騙されてしまったハクは、不機嫌そうに溜息をついた。

千尋といえば、すっかり小さくなってしまい、ハクの顔を見る事が出来ない。

「ごめんなさい。でも、ハクがこんなに悲しい顔をするなんて思わなくて‥‥ごめんなさい、ね? 許して」

「‥‥駄目だ。許す訳にはいかないな」

ハクの声が厳しく響いて、千尋は震え上がった。

―――こんなに怒らせてしまうなんて!

調子に乗りすぎたのかも―――!

「が、害はないと思ったんだものぅ‥‥ハクがびっくりする程度でいいかなぁ、と」

そう言いつつおそるおそる顔をあげると――――

ハクはくっくっと笑いを堪えている最中だった。





「ああああああ――――、騙したのねぇっ!!」

「だって、今日は「エイプリルフール」だろう?」

しれっとそう言われると、先にハクを騙した千尋としては何も言えない。

―――なんか悔しい〜〜〜!

千尋は心の中で地団駄を踏むしか出来なかった。







さて。

「しかし千尋‥‥この服は、一体何処から持ってきたんだ? まさか千尋が持っていた訳じゃないよね?」

普段着に着替えた千尋(ちゃっかり着替えを持ってきていたらしい)は、ハクの言葉にぴらっとその服を見せた。

「あ、コレ? これ全部お母さんの。お母さん、若い時にはこんな服装した事あったんだって」

何度か会った事がある千尋の母と、目の前の服とを比べてみて―――――色んな意味でクラクラきてしまったハクだった。





END

エイプリルフール(4月1日)に合わせてアップしようと思いつつ、結局1日遅れてしまいました(汗)。まぁ4月1日はウソをついてもイイ日だからという事で‥‥‥あああ、そこの人石投げないで〜〜!(汗)
しかし、一番にウソと思いたいのは、今回千尋が着た服の持ち主は皆母親だという事かもしれません‥‥‥いや、本当にそんな服持っているのかどうかは知りませんよ、私は。(と逃げてみる)




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