嗚呼、共同戦線

96000HIT キリ番作品










ぼろっ‥‥とボロ雑巾のように転がる坊を見下ろし、ハクは冷たい微笑みを浮かべた。

「その程度の力で私を負かそうとは、100年早いですよ、坊」

その言葉にムッとするが、全く太刀打ち出来ないので反論の余地はない。

「それでは、私は仕事がありますので失礼」

介抱もしようとせず去っていったハクを床に転がったまま見送り、坊は悔しげに床をべしっと叩いた。


くやしいっ。

そりゃハクと比べれば年齢も違うし、修行してきた時間も違う。

だけど――――全くかすりもしないなんてっ。



「大丈夫か?」

立ち上がろうとした坊に手がさしのべられる。

上を見ると――――リンがいた。

坊はリンとはそう話した事がある訳ではない。

千尋と一緒にいて、千尋と一番仲のいい背の高い小湯女、という認識しかしていない。

なので、今どうしてここで手をさしのべたのか理解出来ず、ただその手とリンの顔とを見比べるだけだった。

「なんだ、立たないのか?」

「‥‥‥立つ」

リンの手を借りて坊は立ち上がり、着物の裾についた埃をぱっぱと払った。

「相変わらず、ハクの野郎に負け続けなんだな」

リンの言葉にきっと振り返り睨み付ける。

"負けた"という事実にも結構凹んでいるのに"相変わらず"までつけられた日には、とどめを刺されたも同然である。

「ああ、怒ンなよ。オレもそーなんだから」

リンは髪をかきあげると坊にニヤッと笑いかけた。

「どーだ? 一度手を組んでみねぇか?」

「は?」

坊は訳が分からず、キョトンとした顔でリンを見つめ返している。

リンはいらだたしげに舌打ちした。

「だからっ、共同戦線はらねぇかって言ってんだよ。悔しいがハクの強さは本物だからな。オレたちが単体で当たったところで太刀打ちできねぇし。一度ぎゃふんと言わせないと気がすまねぇんだよ、オレは」

リンが本気であるのを悟り何やら怖いものも感じるが―――――

「‥‥‥分かった。一緒にハクを見返してやる」

坊はリンと手を組む事にしたのであった。









さて。

それから数日は平穏な日々が続いていた。

あれからとたんにおとなしくなった坊に、ハクは眉をひそめていた。

絶対に、何かたくらんでいる。

リンもおとなしくなっている―――それも気になるのだが。



と考え事をしている時に、廊下の向こうを千尋が通って行くのが見えた。

千尋が何か知っているかもしれない。

そう思ったハクは話しかけようと近づいていった―――――。


その時。

「ああ、千。こっちのほうに来てくれ、人手が足りないんだ」

リンがバケツとモップを持って現れ、千尋にはいと手渡した。

「うん、分かった。すぐ行くね」

バケツとモップを受け取ってから千尋はハクに気がついたようで、「こんにちは、ハク」と元気良く挨拶をしてきた。

これから仕事に行く千尋を無理矢理拉致れば、さすがに湯婆婆に怒られる。

ハクは仕方なく千尋を見送るハメになったのだった。






そしてまた次の日。

「‥‥? 千はどうした?」

仕事の時間になっても千尋が現れない。

不審に思ったハクが周りの湯女たちに聞くと。

「千なら、今日はリンと二人で坊様のお部屋の掃除だそうです。湯婆婆様からのお言いつけだとか」

坊の部屋の掃除!?

ムッとしたハクが「分かった」と返事もそこそこにきびすを返そうとしたその時。

「ハク様。湯婆婆様から上得意様の接待に入るようにとの伝言が参っております」

父役にそう言われ、ハクはすぐさま仕事に入らなければならなくなったのであった。






絶対におかしい。

確かに湯婆婆は人使いが荒いが―――――こんなに仕事がいきなり増えたりはしない。

おかげで千尋に触れるどころか、ゆっくりと顔を見る事もできやしない。

そして、それに反比例するように坊とリンがおとなしい。

「‥‥‥奴らだな」

ハクはそう呟くと1人庭に出て――――真っ白な竜にその身を変化させた。






所変わって、ここは坊の部屋。

湯婆婆は鳥となって外に出ていったきり、まだ戻って来ない。

なので、いつもは執務室の筈の部屋で、坊とリンと千尋はのんびりとお茶会などをひらいていた。

「いいのかなぁ、ハク仲間はずれにしちゃって‥‥」

湯婆婆が坊の為にとおいてあるお菓子をぱくっとつまみつつ、千尋がそう呟いた。

「ハクはいつも千尋を独り占めしているんだから、このくらいいいんだ」

坊の言葉にリンがうんうんと頷く。

「だいたいアイツは「帳簿係」という特権を使ってやりたい放題だったんだ。このくらいの報復は当然ってトコだよな」

千尋は苦笑してお茶を一口飲み―――言葉を続けた。

「でもいいの? 湯婆婆のおばあちゃんが仕事を言いつけてるなんて言っちゃって」

「いーのいーの。たくさん働いたほうが奴の為だから」



「ほぉ」



その声に坊とリンがぎくっと振り返った。

窓のところでハクが仁王立ちになって立っている。

「やはり‥‥あの仕事は、坊が湯婆婆の名を騙って与えていたものだったんだな?」

さっきの話を全部聞いたらしいハクの背後には、凄まじい炎が燃え上がっている‥‥ような気がする。

そのくらい、ハクは鬼気迫るオーラをまき散らしていた。

「それは、リンの入れ知恵だね‥‥? 坊だけでそんな知恵が浮かぶとは考えにくい」

「は、ハク‥‥‥? お、落ち着いて‥‥」

千尋が怯えつつもどうどうとハクを宥めるが、ハクの怒りは収まらない。

「二人とも、きっちりとお仕置きをしたほうがいいようだね‥‥!?」






次の瞬間、湯婆婆の部屋から爆音がとどろき――――湯屋にいた人々が皆「何事か」と外に出て上を見上げた。

窓からもくもくと黒い煙は出ているが―――別段壊れた様子もなく、煙もすぐに収まった。

さっきハク様が上に向かったようだ、という噂が流れると「じゃあいつものだろう」という結論に落ち着き、従業員たちは再び仕事へと戻っていった。

上で何が起ころうと今日の仕事をこなさなければおまんまにありつけない。

それが従業員たちの日常であった。





その日の夜の女部屋に、ぼろぼろの姿のリンが戻って来た。

どうしてそんな姿になったのか、という問いかけにもリンはついに口を割らなかったという。

そして、一緒に出かけた筈の千尋は、ついに戻って来なかった。








「‥‥‥絶対に、負かしてやるっ‥‥!!」


場所はちがえどぼろっぼろになったリンと坊が、それぞれの布団の中でそれを誓ったのは言うまでもない。








END



96000キリ番作品です。リンと坊の連携プレーでハクが千尋に迫れない‥‥というリクでした。この二人って実は接点が全くないんですよねぇ。接点を作るという作業は結構楽しかったです。しかし楽しかったから面白いかどうかというのは別問題かも(汗)。そして実は今回、千尋は出番少ないです(笑)。出番少なくても存在感を醸しだす事が出来るかという実験もこめてみました。




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