また来年も‥
「凄い人だねー‥‥」 神社の入り口で、千尋は人の波に溜息混じりの声を漏らした。 「そうだね。今日で今年も終わりだから、特にね」 そうあっさりと言い切るハクも、予想以上の人混みにあまりいい顔ではない。 「どうしよう‥‥やめとく?」 千尋はハクの顔色をうかがうようにそっと覗き込んだ。 二人で初詣に―――と思い、夜の10時頃に家を出て、神社までやって来たのだが――――。 これでは中に入るのも大変そうである。 「‥‥ここじゃない、別のところに行こうか」 「え?」 ハクの言葉に千尋はきょとんと目を見つめ返す。 「人間はまず来ないところだ。その方がいいかもしれない。ついておいで」 そう言ってすたすたと歩き出すハクを 「ま、まってっ」 千尋は慌てて小走りに追いかけた。 ハクはどんどん歩いていく。 それに比例するように、人はどんどん見えなくなって――――ついには周りには人っこ1人いなくなってしまった。 景色も家なみがどんどん消え、鬱蒼と茂った森にさしかかっている。 「何処まで行くの、ハク‥‥‥」 「もう少しだよ。私の知り合いがいるんだ」 道なき道を歩き――――そうしてハクは立ち止まった。 「ここだ」 ひょいと千尋が顔を出す。 「‥‥‥?!」 さっきまでは真っ暗な森が続いていた筈なのに、目の前にはまるで忽然と現れたかのように淡い光を放つ社があった。 大きい社ではないが、神々しい光を放っている事から、何かの神がここにいる事は分かる。 「人の目には見えないけど、ちゃんとここに存在する神――――それを奉る小さい社だ」 ほら、とハクが指さす方向を見ると、薄ぼんやりと何かがいるのが見えた。 白髪に白い髭の初老の男性が、千尋とハクの方を見て微笑んでいる。 この老人が、木の精霊なのだろう。 「この社が奉られている後ろには大木があるんだ。その木に宿る神だよ」 そう言われて見ると、確かに社の後ろに木が立っているのが見える。 闇の中で立ちはだかる巨木は、まるで巨人のようだ。 「おじいさん、今年一年お疲れさまでした。‥‥また、来年も健やかに過ごせるといいですね」 ハクがそう話しかけると、老人はにこやかに微笑みを返した。 「千尋も、何か話してあげて。人間が来るのは久しぶりで嬉しいみたいだから」 「あ、あの‥‥」 何か言わなくては、と千尋は口を開いた。 「あの‥‥ま、また来ていいですか?」 今度はもっと明るい日があがっているうちに。 そう付け足した千尋は、隣でハクがくすくすと笑っているのに気がついて顔を赤らめた。 「ど、どうして笑うのっ」 「い、いや‥‥千尋らしいな、と思って」 まだ笑っているハクに、千尋がぷんとむくれてそっぽを向く。 「‥‥‥‥‥?」 ふわ、と髪を撫でられたような気がして振り向くと。 老木の精霊が優しく千尋を撫でてくれていた。 「おじいさん‥‥」 老木の声は千尋には聞こえない。けど優しく微笑んでいるのは千尋にも分かる。 「‥‥仲良くしなさい、って言ってくれているよ」 ハクが老木の言葉を代弁してくれた。 ――――そう。もうすぐ今年も終わる‥というこんな時にわざわざ喧嘩をする事もないだろう。 「また‥‥来ます。それまでお元気で」 行こう、と促されて歩き出した千尋は、もう一度社を振り返った。 社で、老木の精霊は二人に手を振ってくれていた。 「ハク、こっちの世界にも色んな知り合いがいるのね」 「こちらの世界で生まれたとはいえど、人の世界にはなかなかなじめなかったからね‥‥周りに息づく色々な精霊たちが教えてくれたんだよ」 手を繋いでの帰り道。 千尋はふと立ち止まって上を見上げた。 「‥‥? 千尋?」 引っ張られて立ち止まったハクも、つられるように上を見上げる。 「‥‥見て。大きなお月様――――――」 特に冷え込んでいるせいか、夜空がよく見える。 月が皓々と辺りを照らしていた。 「明日、いい天気だねきっと」 初日の出も綺麗に見られるだろうね‥‥と呟いた千尋は、ハクの手が自分の頬に当てられたのに気がついて、口をつぐんだ。 そっ‥と唇がふさがれて。 千尋は目を閉じた。 遠くから鐘の音が聞こえてくる。 もうすぐ年が変わる合図の鐘だ。 「千尋‥‥‥」 ハクの声がすぐ近くで聞こえてくる。 月明かりだから、今自分の顔が赤くなっているのは分かりづらいだろう。 でなければ、このままくるりと回れ右して逃げてしまいたくなるほどに、恥ずかしい。 「もうすぐ年があける‥‥また来年も、こうして‥‥一緒にいられると嬉しい」 ハクの低い声をくすぐったく感じながら、千尋はこくっと頷いた。 「うん‥‥よろしくね、ハク‥‥」 ゴーン‥‥‥ ゴーン‥‥‥ 遠くから鐘の声が聞こえる。 「‥‥年、あけたかな?」 「そうみたいだね‥‥」 「あけましておめでとう‥‥」 ございます、という言葉は、再びハクによって塞がれて闇へと消えた。 「‥‥千尋はまだか?」 「ハクくんが一緒だから大丈夫よ。当分は帰ってこないんじゃない?」 母親の言葉に、父はがたっと立ち上がった。 「‥‥探してくる。いくら年末年始だからって、若い男と二人きりなんて言語道断だ!」 「いい加減にしなさいよ。だから千尋に煙たがられるんじゃないの」 「け、煙たがられる‥‥‥」 がーんとショックを受けている父をよそに、母親は再びテレビ中継に目をやった。 「まったく、いつになったらハクくんもウチで暮らして貰えるようになるのかしらねぇ‥‥」 「な、な、な、なんだとー!! 若い男女が一つ屋根の下でっ‥‥」 「はいはい、コーヒーのおかわりいる?」 荻野家は新しい年も相変わらずであるのは、間違いなさそうだった。 END |
初詣、という訳ではないですが、年明けは二人でどっか行ったりするのかな〜と思いつつ書いてみました。いえ、今日ちょっと空を見てみたらもの凄く月が綺麗だったので、思いついたのですけども。初日の出綺麗に見えるといいですねー。私はそんな早起きは出来ないので布団の中でテレビで初日の出を見ると思いますけども(爆)。皆様、良いお年を‥‥。 |