ルナ・マジック








「千尋……目が赤いよ。昨日、夜更かししたんじゃないか?」

ハクにそう言われて千尋はギクッとした。

「夜更かしは体に毒だよって言わなかった?」

「あははは……」

から笑いをしていた千尋は、コホムと咳払いをして―――――「あのね」とハクに切り出した。

「今度はなに?」

千尋が何か言いたい事があるらしいのは、ハクも分かっていたようだ。

「……わかる?」

「わかる。とりあえず話を聞いてみないと協力出来るかは分からないけど。………言ってみて?」

千尋はうん! と大きく頷くと、語りだした。

「…んとね」








「……魔法?」

「うん!」

今流行りのゲームに千尋もハマってしまったようで、ついつい夜遅くまで遊んでしまうのだという。

そしてそのゲームのなかの主人公たちが使う魔法。

千尋はそれにひどく憧れを抱いたらしい。

「ハクも魔法は使えるんでしょう?」

「そりゃ……そうだけど」

元々ハクが湯婆婆のところにいたのは、彼女から魔法を学ぶため。

今はいくつかの魔法を行使する事が出来るようになっている。

とはいえどもハクが使う魔法はどちらかと言えば陰陽道に近いもの。

決して何もないところから火を出したり水を出したりするものではないのだ。

「私にも教えて欲しいの!」

「だめだよ」

即答で却下したハクに、千尋は頬を膨らませた。

「なんでぇっ」

「その「ゲーム」というものがどんなものかは分からないけど、本当の魔法というものはとても危険なシロモノなんだ。うまくコントロール出来なければ、自分自身や周りをも巻き込んで崩壊させてしまうものなんだよ」

淡々と語っていくハクに、千尋はだんだんと青ざめてきた。

「そんなに怖いモノなの……?」

「そうだよ。訓練を受けていない者が使うと、精神崩壊を起こす事だってあるんだから」

さっきまでの勢いは何処へやら、しゅーんと千尋は俯いてしまった。

――――ちょっと苛めすぎたかな。

ハクがそう思っていると、千尋はいきなり顔をあげた。

「じゃあね。私が使うのは諦めるわ。でも、どぉぉっしても見たいの!」

――――そう来たか。

何処で学んだのか決してへこたれない千尋に、ハクは肩をすくめた。

「ね、いいでしょ? ハクならすぐに出来るでしょっ」

目をキラキラさせて訴えてくる千尋を見つつ、ハクはずるい、と思っていた。

自分がこうお願いをされると断れないのを知っているだろうに。

「―――分かったよ。一回だけだからね」

「わーい、ハク大好きっ!」

飛びついて来た千尋を受け止めつつ、ハクは苦笑を隠せなかった。

「さ、コッチよ。来て来て。私の家で見せてあげるから!」

千尋はハクの腕を引っ張り、歩き出す。

その浮かれようといったら、ない。

――――早計だったか?

などとハクが感じても、後の祭りであった。







さて。

千尋の家から戻ってきた後、ハクは木の根元に腰をかけてずっと悩んでいた。

千尋の家でその「魔法」なるものを見せて貰ったのだが。

「………まさかああいうものだとは」

現実と区別がつかないくらい美しく書き込まれたグラフィック。

そのなかで美しく光を放つ、数々の魔法たち。

千尋はどうやらその魔法の内容云々よりも、見た目の美しさに心惹かれたといった方が良かった。

確かに、現実離れしたものを見聞き出来るハクから見ても、「ヒトの作るものかここまできたのか」と思えるほどの美しさだった。

だが。

「あれを再現するとなると………」

ハクの知っている魔法に、ビジュアル的に派手で美しいと思えるものはない。

湯婆婆なら知っているかもしれないが、今更聞くのもしゃくに障る。

「…………何か、ないかな」

独り言を言いつつ暫く考えていたハクは、ふっと顔を上げた。

いつの間にかまわりは夜になっており、月の光があたりを照らしている。

「………そうか」

ハクは何か思いついたようにそう呟くと、ふっと唇を笑みに形作った。

―――――明日、千尋の驚く顔を見るのが楽しみだ。









次の日。

千尋はハクに呼び出しを受けた。

夜の9時に、いつもの森の来るように、と。

「そんなに遅くに呼び出しをする事など滅多にないのに」

そう言いつつも、千尋は言われた時間きっちりに森へとついた。

「ハクー。私よ、千尋よ。何処にいるの?」

ハクからの返事はない。

しかし、不思議と怖くはなかった。

ハクの気配を近くに感じるような気がしたから。



さぁぁぁ……っと風が草を、木々を撫でていく。



千尋はなぶられる髪をおさえつつ、ふと上を見上げた。




「―――――えっ…!?」

空に輝く月。満月。

そこからひらひら、ひらひらと何かが落ちてくる。

「……はなびら…?」

千尋の手のなかに、一枚のはなびらが落ちてきた。

「きれい……」

月の光で固められたような、白いはなびら。

桜のはなびらと似ているような気がする。

そのはなびらは、ひらひらと千尋の掌に落ちてきて――――そのとたん、ぱっと四散して消えてしまった。

「えっ」

気がつくと千尋のまわりには白いはなびらが次々と舞い散っていた。

「まだ夏のはずなのに――――雪みたい……!」

雪のように冷たくもなく触る事も出来ないけど。

しかし確かに千尋のまわりを包み込むように降り注いでいる。

「これ、ハクの魔法なの……きゃっ」

いきなり風が舞い起こり、はなびらが一気に舞い散る。

はっと視線を向け、そのはなびらの軌跡を目で追う。

はなびらが風にあおられるように宙を舞い、そして次々とはじける。

「―――――わぁあ……」

はなびらは光の粒となって、千尋を包み込んだ。

「きれい……」




「千尋」

光に目を奪われていた千尋がはっと後ろを振り向くと。

ハクが立っていた。

「ごめん。このくらいしか出来なくて。私が得意とする魔法は、どちらかといえば間接的に効力を発するものなんだ………おまけに性質が「水」だからね。炎は苦手なんだよ」

周りを見れば、何事もなかったかのように静まりかえっている。

「今のは………」

「今のはまぼろし。目くらましに使う魔法なんだけど……それを少し改良してみたんだ」

今のは幻影。

それならば触れても全く何も感じなかったのもわかる。

「でも、綺麗だった。………ありがとう、ハク。私のわがままを聞いてくれて」

ハクは千尋に近づくと、そっと手を差しだした。

その手のなかには――――さっき見た白いはなびらが微かな光を放っている。

「これもまぼろし?」

「そう。私の魔力が形をとったものだよ。……千尋、手を出して」

「え? うん」

促されるままに手を差し出すと、ハクは自分の手のなかで光っているはなびらを千尋の手のなかにおとした。

手のひらに確かに落ちたのに、感触はない。

「いい? じっと見てて………」

ふっ……とハクがそのはなびらを吹き飛ばす。

そのとたん。


「わあああっ!」



千尋の手から光の粒が生まれ、ハクと千尋のみならず、森全体をも包み込むように広がっていく。

月の光によって青く染まった大地に、白い光の粒が舞っていく。

「……こんな綺麗な風景は、私とハクしか知らないんだね……得しちゃったかも」

そう言いつつ、千尋はその光から目を離せない。

「このくらいなら、たまにはしてあげていいよ。……次は、中秋の名月の時、にかな」

「うん! また、しようね……」




二人は光が消えても、寄り添ってずっと月を見上げていた。








END

そろそろ月が綺麗な季節になって参りました(^▽^)。月の光を見ていると何か不思議〜な気分になって来ますよねぇ。そういうところから作ってみました。「魔法に興味を持つ」というネタはりこさんと話をしている時に思いついたものです。この頃はどんどんとエフェクトも素晴らしくなってますから………。




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