Mini mini Wedding
「………わぁ」 テレビの前にぴとっと千尋が張り付いている。 「綺麗……」 「千尋…見えないんだが」 父親の声を完全に無視し、千尋はただテレビをじーっと見つめているだけ。 「あら……結婚式?」 お茶を運んできた母親が目を細めた。 「綺麗ねぇ……千尋の結婚式を見られるのはいつになるかしら」 「何!?」 一人娘を溺愛している父親が声を荒立てる。 「千尋は絶対に嫁になどいかさんぞっ! 第一千尋はまだ13歳だ! 嫁なんて早すぎる!!」 「じゃああなたは千尋を行かず後家にするつもり? あなたが一生面倒見られる訳じゃないのに勝手な事言わないの」 母親の辛辣な反論を食らって父親は黙り込んだ。 「ねえねえ、おかあさん! このドレス、綺麗じゃない!?」 千尋が指さしたドレスは真っ白なフリルのついたウェディングドレス。 「そうねぇ……綺麗ね。千尋の隣に立つのはやっぱりハクくんかしらねぇ」 母の言葉に千尋はぼんっ! と赤くなった。 「そ、それはっ……」 「あら、別の男? ハクくん泣くわよ」 「お、おかあさん……」 この母にかなう筈もない。 反論を諦めて、千尋は母からまたテレビに視線を戻した。 「……綺麗………」 ウェディングドレス姿の女性は、タキシード姿の男性と幸せそうに微笑んでいる。 「いつか……私もこんなドレスを着たいなぁ……」 目を輝かせてテレビに向いている娘に目をやって、母親は何か悪戯を思いついたような微笑みを浮かべた。 「……私に用があるって、何だろう?」 「さぁ……でも、ハクを家に連れておいでって」 学生鞄を持ち替えて、千尋は隣を歩いているハクを見上げる。 ハク自身もどういう理由で呼ばれたのか判らず、ただきょとんとしているばかり。 そうこうするうちに千尋の家の前についた。 「さ、どうぞ」 千尋に促されるまま、ハクは千尋の家の玄関をくぐった。 「いらっしゃい、ハクくん」 母が上機嫌でハクを出迎える。 「さ、どうぞどうぞ」 ハクは曖昧に微笑んで靴を脱いで上へと上がった。 「千尋は着替えて来なさい。制服のままじゃダメよ」 「はーい」 何となく母にハクを取られた気がしつつも、千尋は二階にある自分の部屋へとあがっていった。 私服に着替えて降りて来て、そして――――そのまま立ち止まる。 「ハク……そ、それっ」 ハクは応接間に所在なげに立ちつくしていた。 その格好は、白いタキシード。 「かっ……母さんっ!? この服どっから!!!?」 「昨日千尋が着たがってたじゃない。だから貸衣装屋で借りてみたのよ。ハクくんのサイズが良く判らなかったんだけど結構合うわね」 はい、と渡されたものはウェディングドレス。 「こ……これっ……」 「着てみなさい。せっかくだから写真も撮ろうかしらね」 すっかりるんるん気分の母親を止められる者は、もはやいない。 押しつけられたドレスを千尋は仕方なく受け取った。 袖を通して鏡で自分の姿を映してみる。 「………なかなか」 髪もさっきのままなのに、制服を着ていた時とドレスを着ていた時と全然違う。 結構美人かも、等と思いながら千尋はそっと応接間に顔を出した。 「………」 ソファに座って待っていたらしいハクに気がついて、その考えが甘かった事に打ちのめされてしまう。 ――――どう見てもハクの方が美人だった……っ……!! 「千尋………綺麗だよ」 「うそ」 思わず即答して回れ右をしてしまう。 「逃げないの」 「だってぇ〜〜〜っ」 普通は花嫁の方が綺麗なんだよっ!? 花婿の方が綺麗だなんて悲しすぎるっ!! と一応まくし立てて、ぜぇぜぇと息をつく。 それを全部聞いていたハクだったが、やがて千尋の唇にそっと指をはわせた。 「化粧をまだしていないからだよ。お母さんがもうすぐ化粧道具を持ってきてくれるから」 そうこうするうちに、母親が化粧道具を持って降りてきた。 「まぁ千尋。まだそんな髪なの。ほどいちゃいなさい」 ――――我が母親ながら、いったいどういう神経なんだ? こんなにお祭り好きだったっけ?? などと思いつつ千尋は言われるままに髪をほどいた。 いつも同じところでくくられるためか、跡がついてウェーブがかっている。 「かたになっちゃってるわね。仕方がないわ、シニヨンにでもしようかしら」 色々と考えているらしい母親の隣で、ハクが興味深そうにその様子を見つめている。 ハクも止める気は全くないらしい。 「じっとしてなさいよ。軽く化粧して髪を整えるから」 「…………………」 今更何を言っても無駄。 千尋はあきらめて目を閉じ、母親に全てを任せる事にしたのだった。 「さ、出来たわよ!」 母親のこの言葉を聞くまでに、実に2時間を要した。 それまで千尋は一回も目をあける事が出来ず(止められたという訳ではなく、自主的に目があけられなかったという方が正解かもしれない。とはいえど彼女の目の前に鏡があった訳ではないから、目が開けられたとしても自分の姿を確認する事は出来ないのだが)、自分がどうなったのかさっぱり理解出来ていない。 「……い、いいの?」 おそるおそる目を開けると、まずハクがいつになく上機嫌な様子で立っているのが見えた。 「すごく綺麗だよ、千尋」 その時母親が手鏡を千尋に手渡してくれた。 「はい、見なさい」 あまりにもあっさりと手渡されたため、千尋もそう深く考えずに鏡のなかをのぞき込む。 そこには、見たこともない顔の女の子がいた。 いや良く見ればそれは見知った自分自身の顔なのだが。 化粧と髪型、そして服だけでこれほどまでに別人になれるものなのか。 「……お、おかーさん、これっ」 「うん、我が娘ながら結構美人になったじゃない。もっと自分を磨けば美人になれるわよ、千尋」 確かにハクにはかなわない。 だが、それなりに及第点をあげてもいいくらいの姿ではないか?? 「綺麗だよ、千尋」 ハクにそう言われたとたん、千尋はかぁぁっと赤くなった。 「……照れてるわね」 「そっ、そんな事はっきりと言わなくていいのっ!」 からかうような口振りの母親をきっとにらみつけて、千尋は赤くなってしまった頬を両手でおさえた。 「さあさあ、写真とりましょっ。せっかくですもの、記念に残しておかなきゃね!」 綺麗になった娘と、これまた元々綺麗な将来の息子となるであろう少年を見つめ、母親はすっかり上機嫌だった。 本来ならばそれを拒むはずのハクですら、綺麗になった千尋の姿を見てうれしそうなので、千尋としては何も言えなくなる。 それに。 (――――悪くは、ないわよね……) 実は千尋自身も結構まんざらではないのであった。 ようやく解放されてハクを森まで送り届ける時には、日はとっぷりと暮れてしまっていた。 「ごめんね、ハク……こんな時間までつきあわせて」 「いいよ。私も千尋の綺麗な姿を見られて楽しかった」 そういえばハクってば、記念にとった写真を焼き増しして欲しい、とちゃっかり母親にお願いしてたっけ。 長い間湯屋の帳簿係を担ってきただけの事はある。 「あれがこの世界での婚礼の正装なんだね」 「え、まぁね……白無垢とかもあるけど、今は結構ドレスの方が主流かな?」 ハクはそう、と返事を返し―――千尋の方へと向き直った。 「ハク?」 「千尋がもう少し大きくなったら、あの白いドレスを着て皆に祝福される式をあげよう」 「…………………」 ストレートに言われると顔が赤くなってしまう。 うれしくない訳じゃないのだが、今までこういう歯に衣着せない物言いにはやはり慣れない。 「千尋?」 「う、う、うんっ。私も……楽しみにしてる」 それだけようやく返すと、千尋はきびすを返して家の方へと走り出した。 「千尋っ」 「ま、また明日ねー!! お休みなさいっ!!」 そんな言葉が風にのって聞こえてくる。 千尋の姿はあっという間に見えなくなっていた。 「………ふふっ」 ハクは笑いを堪えきれず、声を漏らした。 ―――――そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。 だから千尋は可愛いんだ――――と思いつつ、ハクは千尋が去っていった方向をいつまでも見つめていた。 END |
前作とうってかわってほのぼのです。現代軸で千尋は13歳。ハクは15歳くらいですね。千と千尋の神隠しTV初放映記念………の割にはちょっと何ですけども、これでも一応お祝いということで(笑)。 |