もしも











気になっている事がある。

ハクがこっちの世界に戻って来てくれたからというもの、あのトンネルは覗いた事がない。

今もあのトンネルを抜ければ湯屋にたどり着けるのだろうか。

そしてハクがいない今、もう一度湯屋に行ったら最後、もう戻れないんだろうか。




この頃千尋はそんな事がずっと気になっていた。

今の生活に不満がある訳ではない。

でもふっ‥‥と気になる事。

―――――リンやカオナシ、釜爺、坊、湯婆婆、銭婆。

みんな元気なんだろうか。

ハクがそばにいてそんな事を思うなんて、私悪い子かしら。




学校の帰り道、千尋はあのトンネルへとむかう道の前で突っ立っていた。

ここから昇っていけば、あのトンネルにたどり着ける。

ハクは今日は仕事でいないって言っていた。



戻れないかもしれない。

でも




千尋は学生鞄をぎゅっと握りしめ、道を昇っていった。









トンネルの周りは静まりかえっている。

あの時両親とやって来た時と何も変わりない。

千尋はごくっ‥‥と息を呑んだ。

鳥の声すらもしない。

風の音もしない。

ただただ静寂だけがそこにある。

「‥‥‥‥‥」

千尋は髪をかきあげて、おそるおそるトンネルに近づいた。

トンネルの前に立つ。



サァァァァ‥‥‥


「風を‥‥‥吸い込んでる‥‥」

あの時と同じ。

しかしあの時と違うのは、両隣に両親がいないという事。

もしも‥‥あの時のように踏み込んだら、またあの世界に行けるのだろうか。

千尋はそっ‥‥と足を一歩踏み出した―――――




「千尋!!!!」

「ひゃあ!」

背後から聞こえて来た声に飛び上がる。


「何をしてるんだ、こんなところで!?」

ハクが血相を変えて立っている。

「え、あ‥‥」

千尋はドキドキと波打つ胸を押さえて、ハクを見つめた。

背後からだったのと、日頃怒らないハクからいきなり怒鳴られたのとで、胸が異様にドキドキしまくっている。

「な、なにって‥‥の、覗いてただけよ」

ハクはずかずかと近寄ると、千尋の腕を掴んで自分のほうへと引き寄せた。

「きゃ‥‥ハク?」

「こちらから見たら、入ろうとしているように見えたぞ!?」

「ど、どーなってるのかなぁ‥‥って気になっただけ‥‥そ、その行こうとかは思ってないのよ?」

千尋はそう口走ってから、自分がやろうとしていた事を喋ってしまった事に気がついた。

「やっぱり行こうと思ってたんだね?」

確認のように問いつめられ、千尋は小さく「ハイ」と頷いた。

「‥‥‥‥」

対して、ハクははぁと溜息をつく。

千尋のしようとしていた事は見通していたらしく、その溜息は「やはりか」という様子を表していた。

「‥‥好奇心が強いのはいいんだけど‥‥その後どうなるかという予測がついていない訳じゃないよね? 千尋‥‥」

「わ、分かってるつもり‥‥だけど」

千尋は小さくなってひたすらハクの言葉を聞いている。

「あの時湯屋のある異世界に来れたのはたまたまなんだよ。もしかしたら別の世界に繋がるかもしれない‥‥このトンネルはそういうところなんだ。もしも別の世界に迷い込んでしまったら、私は助けてあげる事は出来ないんだよ?」

「‥‥‥そなの?」

ハクはこっくりと頷いた。

「だから1人で行こうとしてはダメだよ。どうしても行きたいなら、私に相談してからにしなさい‥‥いいね?」

「‥‥はぁい」

千尋の返事に、ハクはようやく千尋の腕を放した。

「ごめん、痛かったろう? 千尋の好きそうなケーキを買ってきているから食べよう。おいで」

「わっ、ケーキ? 食べる食べるっ!」

トンネルの事などすっかり忘れたように喜ぶ千尋に安堵し、ハクは歩き出した。






でも

もしも――――あのトンネルをくぐったら、一体どんな世界に着くんだろう?

湯屋ではない世界?

文明すらもない世界に着いたりするんだろうか?



ケーキを食べながら、そんな不穏な事を考えている千尋の表情を見ながら、ハクは人知れず溜息をついた。





千尋の興味は尽きない。

そして、ハクの心配も尽きないのであった。






END

ずーっと更新もないのはいつも来てくださる方に申し訳ない〜〜(><)、と思い、短編ではありますが掲載してみました。実は長編のネタになるかな? と考えていた前ふりの話だったのですが、「起」だけを切り取って話にしてみました。いつかきっと千尋はあのトンネルをくぐると思ってマス、ハクの制止を振り切って。好奇心強そうなんですもん‥‥(爆)。




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