猫の事務所へようこそ!
サイト一周年&190000hit記念作品
「ふふっ、ハク有り難うね。買い物につきあってくれて」 千尋が振り返ったその向こうには、買い物袋をふたつほど抱えたハクの姿がある。 「どういたしまして。でもこれだけ買い込んでどうするんだい? ハーブとか紅茶の葉とか……」 「うふふ、ナイショよ」 とくるんとまわった瞬間。 「いでっ!」 足下で声がした。 「あっ!? ごめんなさいっ!」 誰かの足を踏んでしまった。 そう思って慌てて視線を向けると。 「いっでぇな! もっと気をつけて歩けよ!」 白くて大きな猫がいた。 ともあればブタ猫と言われても致し方ないような大きさの猫である。 しかし、今千尋がびっくりしたのはそんな事ではない。 さっきの言葉は、その猫から発せられたのである。 千尋がびっくりしているのに気がついたのか、猫はそそくさと歩き始めた。 「………ハ、ハクっ! 今、今のっ……」 「うん。喋ったね……」 ハクも目撃したのだから確かだろう。 「な、なんでっ!? 猫って喋ったっけ!?」 「普通の猫は喋ったりしないよ……気になるな」 その猫を暫く凝視していたハクだったが、やがて千尋に振り返った。 「おいで千尋。後をつけてみよう」 「うんっ!」 猫の後を追うように走り出したハクとともに、千尋はワクワクしながら後を追いかけ始めたのだった。 猫は塀の上やら狭い通りやらをくねくねと歩いていく。 とても人間では通れないような場所ばかりを通っていくのだが――――ハクには全く関係ない。 「……うん、向こうの通りに出たようだ」 猫の姿が見えなくなったのに、ハクはちゃんとその猫の足跡を把握していた。 「良く分かるね、ハク……」 「あの猫の気配をトレースしてるんだ。分かりやすいからね………っと」 ハクが視線をとある方向へと向けた。 「そうか。あの通りの向こう側から次元から変わるんだ……。急ごう。次元が閉じてしまうと開けるのがややこしい」 「分かった」 ハクと千尋がパタパタと駆けていくと、今まさに猫が通りの向こう側へと消えようとしているところだった。 「あそこから、変わるの?」 「今はそのようだ。行くよ、千尋!」 走っていくと――――ふっ、と空気が変わったような気がした。 「えっ……」 さっきまで感じていた人の気配が消え、全くの静寂が訪れる。 はっと振り返ると、今まであった筈の道は既に消えていた。 そして目の前に見えるのは、ミニチュアの町並み。 円形状の広場の中央に噴水があり、ヨーロッパの町並みがぐるりと取り囲んでいる。 まるでテーマパークに来たかのようだ。 「ここ……」 「ここまでついてこれるたぁな」 聞き覚えのある声が聞こえてきて、千尋は視線をやった。 あの白い猫が二本足で立って、人間語を喋っている。 「何モンだ、おめぇ」 ずぃ、と近寄ってくるその白い猫に千尋はおず…と後ずさる。 そんな千尋を庇うように立って、ハクは丁寧にお辞儀をした。 「すまない。君のような者に会うのは久しぶりだから、つい。……私は人間ではない。元々は川の主。今は半精霊のようなものだ」 「……川の主ィ?」 『主、とは神にも等しい者という事。ムタ、目の前にいるのは神さまだぞ。無礼のないようにな』 違う男性の声に辺りをキョロキョロと見回す。 「………あ」 町並みのなかに隠れるようにひっそりと立っている店が一つ。 「地球屋……?」 地球屋という看板のある店の扉がギィ…と開いて――――。 なかから一人の猫が出てきた。 二本足で歩き、スーツとシルクハット、そして手にはステッキを持つ、まるで紳士のような猫。 「私の名はフンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵。皆はバロンと呼ぶ……ようこそ、猫の事務所へ」 優雅な仕草でお辞儀をする猫人形――――バロンに、千尋は慌ててお辞儀をした。 「なるほど……ここだけ次元が少し違うと思ったのだが、いわゆる付喪神たちの住む世界となった訳か……」 さすがに二人が猫の事務所に入る事は出来ないので(バロンのサイズに合わせて作られてあるミニチュアサイズの事務所なのだ)外で正座して、バロンの入れたお茶を飲んでいたりする。 「そういうことですな」 「わわっ、ハク! このお茶凄く美味しいよっ!?」 千尋はお茶のおいしさに感動し、ハクを揺さぶっている。 「そのお茶は特製のお茶だ。入れるたびに味が変わるんだが……今回は大当たりだったようだね」 「へぇぇっ……」 「けどよ」 ムタと呼ばれた猫が、ベンチにふんぞり返るようにして千尋たちを見つめている。 「そっちの男は人間じゃねぇってのは分かった。けどそっちの女の方は普通のヤツだろ。ハルとおんなじような」 「ハル?」 思わずオウム返しをしてしまったが、バロンはくすっと笑っただけだった。 「そうだな。だがハルとは少し違う。何か、不可思議な力に守られているのを感じるよ。……その髪留めだろうか?」 ステッキで指し示されて、千尋は髪をくくっていた髪留めを押さえた。 「良く見抜いたな。あれは魔女が作った魔法の品だ」 「なるほど」 ハクとバロンは意気投合したらしく、千尋には良く分からない話をしはじめた。 ミニチュアのカップで出されたお茶もすぐに飲み干してしまい、やる事がなくなった千尋はあたりをキョロキョロとしはじめた。 周りの町並みは小さいだけで、ホンモノそっくりに出来ている。 思わず近寄っていって、そっと壁を撫でる――――。 「壊すなよ」 後ろからムタの声が飛んできた。 「壊しませんよ。ホンモノかなぁと思って……」 「ホンモノに決まってるんだろ。オモチャを作ってどうすんだ」 千尋は立ち上がって上を見上げた。 空が遠く見える。 まるで湯屋で見たあの青空のようだ。 「………まるで、湯屋で見た空みたい……」 「なんだそりゃ」 千尋の言葉にムタが興味を示したのが、のしのしと近づいて来た。 「ユヤ?」 「そう。私、10歳の時に神隠しに遭ったの。その時神々が体を癒しに来るお湯屋で、名前を取られて働かされてたんだ」 「強制労働ってヤツか。のほほんとしてるようで結構大変な人生送ってきてんだな」 同じように空を見上げるムタをちらっと見て、千尋はもう一度空を見上げた。 「それを、あのハクが助けてくれたの。ハクは私の命の恩人なのよ」 「ふーん」 千尋としては懐かしい思い出なのだが、それを「ふーん」の一言で済まされてしまい、面白くない。 「他に言う言葉、ないんですか? ムタさん」 「別に。何の言葉を期待してやがるんだ」 この素っ気なさは何となくリンを思い出す。 決して冷たい訳ではないのだけど、素直に感情を表すのが苦手だったリンを。 「……ムタさんて、私の知り合いにちょっと似てるかも」 「はぁ?」 そんな二人のやりとりを、ハクとバロンがクスクス笑いながら見つめていた。 「さてそろそろ行こうか、千尋。あまり長居をしていたら帰るのが遅くなる」 「うん、そうだね」 ハクの元へと駆け寄り、千尋はバロンに深々と会釈した。 「有り難う、バロンさん。また遊びに来てもいい?」 「そうだな……」 バロンはステッキを持ち替え、シルクハットを脱ぐとすっとお辞儀をした。 「この世界と君の世界がまた繋がれば、いつでも。私はこの猫の事務所にいる」 元の世界に戻って来たとたん、二人を喧噪が包み込む。 振り返っても、もうあの町並みは見えなかった。 「見えなくなっちゃった……」 「接点が途切れたんだ」 「そう……またあそこに遊びに行けるかな」 「行けるよ。千尋が望んで、必要とするならね」 「そっか」 鼻歌まじりに歩き出した千尋を、ハクが「千尋」と呼び止めた。 「なに?」 「……あの世界に行く時には私も一緒に行くから、声をかけなさい。決して一人で行ったりしないように」 「? うん、分かった」 不思議に思いつつも千尋はその申し出を素直に受けた。 ――――ハクもあの世界を気に入ったのかな? なんて呑気な事を思いながら。 当然、ハクの思惑は違っていた。 バロンが千尋にも優しく丁寧に対応したのが気にくわなかったのである。 ――――千尋を一人で行かせてなるものか。 猫の事務所への道が繋がる日は、そう遠くはなさそうだ。 END |
サイト一周年、有り難うございます!(≧▽≦) 皆様のおかげでここまで来られました。本当に有り難うございます……。という事で一周年を記念して(?)、ジブリ作品新旧の出会い、みたいなパラレルワールドを書いてみました。ハルはちょっとお休み、ですけどもね。バロンが格好良かったです………でもだからって猫の国には行きたくないなぁ……刺激とかなくてつまんなさそう(をい)。それなら湯屋の方が面白そうです。猫の事務所には行ってみたいんですけどね。 |