おひさま

57000HIT キリ番作品







玄関でトントン、とスニーカーのつま先を叩いてはいている千尋を見かけた。

買い物かごを持っているあたり、どうやら買い出しを頼まれたらしい。

おそらく湯女たちに頼まれたのだろう。

「千尋」

そう話しかけると千尋が振り返った。

「あ、ハク。どしたの?」

あっさりと言う千尋が何となくつれない気がしてちょっと寂しい。

それでもめげずに話しかける。

「買い出し?」

「うん、そう。いつものお店まで」

「ついて行こうか」

「いいよ。すぐそこだし」

やっぱりつれない。

ハクがしゅーんとしているのに気がついたのだろう。

千尋はちょっと苦笑して「いいよ、ついてきても」と手招きした。

これではどちらが上司かわかりはしない。

とたんに機嫌良くなったハクを見て「犬飼ってたらこんな感じかなー」と千尋が思ったのは内緒である。






二人ならんでてくてく歩いて行く。

外はいい天気。

雲一つない青空が広がっている。

「いい天気だね」

「そうね」

しーん。

これが恋人の会話なのだから悲しさ倍増である。

時々「本当に恋人なんだろうか」と疑問を抱いてしまうハクであったが、惚れた弱みで千尋に聞く事も出来ない。

「千尋、この湯屋に初めて来た時からどのくらいたつかな」

とりあえず話題を振ってみる。

「んー? 7年くらいかなー。働きはじめてからは3年くらいだよ」

「もうそんなにたつんだね‥‥」

「坊も大きくなったし、ハクだって背ものびたじゃない?」

そういう千尋も背がのびて体も女らしくなり、従業員や客の中にはひそかに目をつけている者もいたりする。

ハクとしては気が気ではない。

しかし

「ハクだって、かっこよくなったよ?」

そうやってにこにこ微笑む千尋は、10歳のあの頃の千尋とだぶって見える。

可愛くて泣き虫で、それでいてイザという時には強かった千尋。

あれから7年たって大人びても、やはり千尋は千尋なのだ。

微笑む千尋がまぶしくて、ちょっと照れもあって視線を逸らす。

「千尋も綺麗になった‥‥‥」

想いは告げ合っているといえど、やはり言葉にするには照れがある。

「‥‥どのくらい時がたとうと、私は‥‥そなたの事が好きだ」

しーん。

返事がない。

おや? と思ってハクが振り返ると。


「うわー、かっわいー! 毛ふさふさぁっ」

千尋は店先に座っている子猫と戯れているところだった。



それでも好きなんだからしょうがない。

とは思うものの、ちょっとだけ寂しいハク様であった。







買い物もすませ、あんまりにもいい天気だから。

夜になれば川になるあの草原に二人して寝転がる。

そよそよと風が頬をくすぐり、草の音がまるで海を渡る波の音のよう。

いつまでもこうしていられたらいいのに。

「千尋‥‥‥」

ささやかな幸せをかみしめつつハクが隣の千尋を見ると。

「すー‥‥」

千尋はぐっすりとお休み中。

かなり―――――――切ない。








「お帰りなさいませ」

玄関に戻ると従業員がハクと千尋を出迎えた。

「ハク様、父役様がお聞きしたい事があると‥‥」

「‥‥分かった。すぐに行くと伝えろ」

「はっ」

むすっとした表情で指示を出すハクの横顔を見ていた千尋が、いきなりクスクス笑いだした。

「な、なに?」

何故笑われたのかが分からずハクが不思議そうに問い直すと、千尋はううん、と手を振った。

「何でもないない」

「‥‥気になるな‥‥」

「ホント、何でもないのよ。今日はつき合ってくれてありがと」

にっこりと千尋は可愛らしく微笑みを浮かべ。

「だから、ハク‥‥大好き」

ここ一番の殺し文句を輝くような笑顔で、ハクにだけ聞こえるようにそっと囁いた。

「ち、千尋‥‥‥」

ハクがじーん、としているのを確認するように見つめると。

「じゃっ、またねー!」

そのままばたばたと走っていく。

ハクはぽーっとそれを見送っていた。

それを従業員たちが遠巻きにひそひそ‥‥と見ているのにも気がつかず。



やがて。

はっ! と我に返り―――周りにいるギャラリーに気がつく。

「‥‥何をしている! 持ち場に戻れ!!」

厳しい一喝に慌てて従業員たちは散っていった。


その後ハクが妙に上機嫌だったのは言うまでもない。








さて、後日談。

「ほんっ‥‥と。アイツってば千にぞっこんだよな」

そうぼそっと呟いたリンに、千尋はにっこり微笑んだ。

「だからこそ、色々と使えるんじゃない」

語尾にたっぷりハートマークをつけてにっこり微笑む千尋を穴があくほど見つめ。

リンは今の言葉を聞かなかった事にしよう、と決めたのであった。








END



57000キリ番作品です。谷山浩子さんの「おひさま」という曲を題材にして書いて欲しいとのリクでした。可愛い曲なんですヨ♪ 知っている人はその曲を聴きながら読んでみて下さい。ハクの情けなさが浮き彫りになるかと‥‥(笑)。反対に千尋の方が黒っぽい気がするのは気のせいだろうか‥‥??(滝汗)




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