さみしくて








「たっだいま〜〜」

千尋が玄関をあけると靴を脱いでドタドタと階段を駆け上が‥‥ろうとした、その時。

「ちょっと、千尋! こっちにいらっしゃい!」

母親の声が居間の方から聞こえて来た。

すぐに着替えてハクのところに行こうと思っていた千尋は、「え〜〜」と階段から身を乗り出して不満げに訴える。

「いいから、いらっしゃい!」

「はぁ〜い‥‥」

仕方なく制服のまま、鞄ももったまま居間の方へと歩いて行く。

高校生となっても、母には逆らえない。

「なぁに‥‥」

と顔を出したとたん、千尋の目が丸くなった。

「‥‥‥え」

そこには、千尋の客がいた。











「も〜〜〜来るなら来るって言ってよねっ」

「言ってたら、千尋はハクよりも私を優先してくれた?」

「‥‥‥‥‥‥」

「ほ〜ら」

「そ、それはともかくっ‥‥一体どうしたの。何か用? それともハクに用?」

「ううん、別に。用はないんだけど」

にこにこ笑っているその人を見て、千尋ははぁ、と溜息をついた。

「いいじゃない! ハクにも会うの久しぶりなんだから。‥‥まさか絶対に会わせないなんて事はないよね?」

「それはないけど‥‥」

「じゃあいいじゃないの。いこ、いこ!」

あまりにも上機嫌なその雰囲気に押されるように、千尋が歩き出す。

その後ろからついていくのは―――――風花だった。






「やぁ、千尋。遅かった‥‥‥」

ね、という最後の言葉を、ハクは呑み込んでしまった。

「やっほー」

千尋の後ろで手を振っている風花に、ハクの目も丸くなる。

「‥‥どうして二人ともおんなじような反応なのかな〜。似たものどうしって事なのかな?」

「い、いや‥‥そういうのではなくて」

「まぁいいけど。アポイントメントなしで来たのはこっちだしね」

と言いつつも全く悪びれる様子もないあたりは、全く変わっていない。


無事にこちらの世界に戻った後、風花は両親の元に戻った。

しかし我が侭なのは相変わらずらしく、良くも悪くもマイペースなお嬢様な性格は、湯屋でちょっと働いたくらいでは変わらないらしい。


「それで‥‥今日は何の用で来たんだい?」

ハクにそう訊ねられ、風花は眉をひそめた。

「やっぱり千尋とおんなじ事聞くのね‥‥ホント、似たものフーフって良く言うわぁ」

「ま、まだ結婚してないわよ、私たちっ!」

千尋が真っ赤になって否定するのを、風花は面白そうに眺めていたが―――――

「夫婦という言葉で思いだした。一度聞いてみたかったんだぁ、あたし」

「‥‥‥‥‥ナニ?」

風花が面白そうな顔をしている時にはろくでもない事を考えている時。

今までの経験からそれを知っている千尋は、訝しげに尋ねた。

「二人ってさぁ、何処まで済んでるの?」

「何が」

「何って‥‥キスとかはもうしてるんでしょ? その先とかは?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

「その沈黙はもう終わってるってことかなぁ」

「‥‥‥‥ち、ちょっと待ちなさいよっ!」

首まで赤くなった千尋が風花の耳を引っ張った。

「イタタタ、痛いってばっ」

「ど、何処の世界にそういう事を質問する小学生がいるのよ〜〜〜!」

「ここにいるじゃん」

「皮肉をまともに返さないでよね〜〜〜!」

「それより千尋、耳ひっぱんないでよ、痛いってばぁ」

そんな二人の様子を見ていたハクが、クスクスと笑みを漏らす。

千尋はぎらっとハクを振り返った。

「ハクっ、笑い事じゃないと思うんだけどっ!」

「いや、ごめん‥‥そうしていると、本当に仲の良い姉妹のようだと思って」

「ええー、私、こんな落ち着きないお姉ちゃん、ヤダ」

「私だって、こんなにませた妹要らないよ!」

言われた事をネタにまた喧嘩を始める二人を、ハクは微笑ましく見つめていた。


千尋が変わらない、と思うところはこういうところだ。

年下の風花相手に本気になって喧嘩をしている姿を可愛いと思うのだが―――10代も後半になって来た千尋にとって、可愛いと思われるのは心外らしいので、口に出しては言わない。

人間のように一瞬一瞬で変わっていく生物ではないハクにとって、千尋の中の変わらない部分を見つけるという事は、安らぎを見つけるのと同じような事だった。




ハクが物思いに耽っている間も、千尋と風花の口げんかは続いていたらしい。

そろそろ止めた方がいいだろうと判断して、ハクは口を挟んだ。

「ところで‥‥本当に何か用があったのだろう、風花。私に用だったのか‥‥それとも千尋に?」

ハクに問われて、風花は突然黙り込んでしまった。

「‥‥風花?」

さっきまでの勢いは何処へやら、いきなり黙り込んでしまった風花を、千尋が覗き込む。

「何か、あったの‥?」

千尋に倣うように、ハクも風花を覗き込んだ。

「‥‥ふ、二人して覗き込まないでよねっ」

風花は頬を赤く染めると、そっぽを向いた。

「そ、その‥‥‥」

「その?」

「‥‥明日、私の誕生日なの‥‥‥」

小さく、そう呟いた風花に、千尋とハクは顔を見合わせた。

「なるほど‥‥祝って貰いたくて、来たのね?」

千尋が念押しするように言うと、風花はますます赤くなった。

「そっ、そういうんじゃないけど‥‥‥」

「風花は、幾つになるんだ?」

風花は唐突なハクの質問に、えっと声をあげた。

「え‥‥じ、11歳」

「それじゃあ、ケーキを買いに行かなきゃならないね」

ハクが何をしようとしているのかを悟り、千尋がうんうんと頷いた。

「ローソクも11本たてなきゃならないしね。私のうちでパーティでいいよね、風花?」

「贈り物は‥‥今すぐは用意出来ないけど、明日で構わないね、風花」

ハクと千尋が色々と予定をたてはじめたのを見ていた風花は、やがてぐすっと鼻をすすった。

「風花? どうしたの?」

「何でもない。‥‥パーティしてくれるんだったら、私ごちそうでないとヤだからね」

千尋は風花の頭をちょっとこづいた。

「パーティして貰っといて文句言わないのっ」

「二人とも」

また口げんかが始まりそうな雰囲気を察して、ハクが間に割って入った。

「パーティをするんだったら用意を始めないと、すぐに明日が来てしまうよ」

はっと千尋が我に返り、照れ隠しにか舌をぺろっと出す。

「そ、そうだね。じゃあ‥‥私家に帰って用意始めるから、ハクは買い物に行って来てくれる?」

「いいよ」

「風花は私と一緒に来て。主賓でもしっかり手伝って貰うからね!」

「うそっ!」

「二人とも‥‥道すがら喧嘩するんじゃないぞ」

風花を引っ張って行く千尋を見送り、ハクは苦笑した。








何のかんの言っても、千尋は風花の事を気に入っている。

両親に相手にして貰えず、兄弟もなく寂しい思いをしていた風花が、千尋を姉として慕う気持ちも分かる。

とはいえど―――女の子二人で盛り上がられると、ハクとしては何となく仲間はずれにされたようで面白くない気分にもなる。



明日はとりあえず風花に譲るとして―――――その後に千尋に埋め合わせをして貰おうかな。

ハクがそんな事を考えているなどという事は、千尋はまだ知らない。













END

はい。久しぶりの風花ちゃんです。いやー、彼女の話を書くつもりはなかったんですけども……なんかこの話がうかんで来まして。個人的には好きなんですよ、適度に我が侭でこまっしゃくれた女の子。小さくても女の子って色々とうるさいんですよね……殿方、心得ましょう(爆)。




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