寒い日には‥

76000HIT キリ番作品









「は‥‥は‥‥はっくしょっ!!」

大きなくしゃみをして、千尋はずずーっと鼻水をすすった。

「なんだ、風邪か?」

リンが差し出して来たちり紙で鼻をかむと、千尋はうんと頷いた。

「風邪気味って感じ‥‥‥ここのところいきなり寒くなってきたでしょ。それで体がびっくりしちゃったみたいで‥‥」

「確かになぁ。ついこの間まで暖かかったのに、いきなり冬みたいな寒さになって来たしな」

「風邪を引き込む前に早く休みたいんだけどね‥‥」

それ以上は言えず言葉を濁す千尋にリンは苦笑するしかなかった。

「‥‥‥そこのところはあんまり考えてくれそうにねぇしな、あいつ」


しばし何か考えていたリンだったが、やがてぽんと手をうった。


「せめて体を温めたらいいかもしんねぇぞ。ここは湯屋なんだし、仕事終わった後にこそっと入っちまおうぜ」

「え? でも‥‥勝手に使ったら怒られる」

「大丈夫大丈夫。みんな寝静まった後なら湯殿で何があろうと皆に気づかれやしねぇさ」

釜爺に頼んでくっから、とリンが走っていくのを千尋はただ見送るばかりだった。








そして皆が寝静まった後。

千尋は1人湯船の中につかっていた。

リンは用事が残っているらしく、後から来ると言ったっきり戻って来ない。

お湯からは微かに柚子の香りが立ち上っていた。


「そういえば‥‥冬至には柚子のお風呂に入るといいって言ってたっけ」

湯屋に働くもお風呂にゆっくりと入る事は滅多に出来ないために、こうしてのびのびと湯につかるのは本当に久しぶりのことだった。

「‥‥これでちょっとは美人になれたり‥‥‥はしないよね」

ひそかに期待をしてみたりもしていたが、一回風呂に入っただけで(しかも柚子湯だ)美人になれる筈もないと千尋はかっくり項垂れた。



「‥‥‥誰かいるのか?」

その声にぎっくーん!! と思わず湯船から立ち上がる。

そして。

どうやら見回りに来たらしいハクと――――ばっちり目が合ってしまった。



付け加えておくが。

千尋は湯に入っている途中であったがために、全く何も身につけていない状態である。







「‥‥‥千尋。それは誘ってると思っていいのかな?」

そう言われて自分自身を見、千尋は真っ赤になって湯の中にもぐりこんだ。

「そ、そ、そ、そんな事なぃっ!!」

ぶくぶくと湯に潜ったまま呟く千尋を面白そうにみつめていたハクであったが―――やがて表情を引き締めた。

「それより‥‥何故湯殿を勝手に使ってるのかな? もし湯婆婆に見つかったらただではすまないよ?」

「わ‥‥分かってるけど‥‥今風邪ひいてるから、リンさんが体を温めた方がいいって‥‥」

「風邪を?」

ハクはすたすたと近づき、湯船につかっている千尋をのぞきこんだ。

「ここのところいきなり冷え込んだからね‥‥人間の体は弱いから季節の変わり目には変調を来しやすい。そのせいだろう」

さりげなく胸と脚の間を隠すようにして、千尋は湯船の中で小さく縮こまる。

「寒い?」

ハクの視線が自分の体にからみつくのを感じつつも、千尋は小さくぶんぶんと横に首を振った。

「今はそうでも‥‥ない」

そうでもないどころかだんだんゆだってきている為にかなり熱い。

「‥‥千尋?」



ハクの声が遠ざかる。

きぃぃぃん、という耳鳴りがする。




ざっぱーんっ! という水音を最後に、千尋の意識は暗転した。







頭がガンガンする。

心臓が頭に来たような感じ。

それでも暫くじっとしていると―――少しずつ楽になってくる。

きぃん、という耳鳴りも消えた。

ようやく目をあける―――



「気分はどう?」

ハクが見下ろしている。

「‥‥えと‥‥あたし?」

「のぼせたんだよ。ずっと湯につかっているから‥‥」

そう言われてはっ! と自分を見ると―――身体はタオルでくるまれていて、その状態でハクに抱きかかえられている状態で。

とりあえずは裸でない事に千尋はホッと安堵の溜息をもらした。

「身体を温めるのも程々にしないと、かえって危ないからね?」

優しいハクの言葉に千尋は「うん」と頷いて―――ハクに頭をもたれかけさせた。

そんな千尋の身体をハクがきゅ‥‥と優しく抱きしめる。


が。


その手がだんだんと胸にのびているのに気がついて千尋はその手をぺしっとはたいた。

「‥‥ハク、ダメよっ」

「どうして?」

悪びれもせずに答えるこの男に誰か天罰を加えてはくれまいか。

千尋はそんな言葉を飲み込んでちょっと睨み付けた。

「私、調子悪いのよ‥‥?」

「のぼせは病気ではないよ。千尋はまだ若いのだしすぐに良くなる」

「そういう意味でなーくーてーっ!! ハクってばっ、どーしてそう手が早いのっ!?」

千尋がそう言うと、ハクは哀しそうな顔をして来た。

これもまたハクの手の一つだと知っている千尋は、ほだされまいとぐっと下腹に力を入れる。

「私が手が早い‥‥と千尋は言うのか?」

「‥‥‥だってぇ‥‥そうじゃない‥‥?」

わかっていても――――哀しそうな顔をしているハクにほだされそうになる。

つくづく意志の弱い自分に涙が出そうだ。

「千尋だからだよ? 他の女性にも手を出しているのならば手が早いと言われても仕方ないが‥‥千尋だからこそなのに、そんな事を言われるのは心外だ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

千尋はあっさりと白旗をあげてしまった。

やはり、ハクに勝つには千尋は経験不足らしい。

「ごめんなさい‥‥その、ハクの事疑ってる訳じゃないの‥‥‥」

その言葉の返事の代わりに降ってきた口づけに抗う事は、もう出来なかった。










さて。

戻ってくるといったっきり戻ってこなかったリンはというと。



「〜〜〜〜〜〜〜あ‥‥ンのやろぅぅぅぅっ!!!! 絶対にぎゃふんと言わせてやるッ!!」

1人厨房で皿洗いの最中であった。



「湯につかりながら一杯」なんてものを実行すべくこそこそっと厨房にやって来たところをハクに見つかってしまい。

罰として皿洗いを命じられてしまったのである。

今頃は、可愛い妹分は(いつもの事とはいえ)美味しく頂かれてしまっている頃だろう。




いつかきっと逆襲してやると心に誓うリンであった。









END

76000キリ番作品です。ブラックハク青少年バージョンでっ‥‥という事だったのですが、青少年とは果たしてどういう状態を言うのだ? というトコでけつまずいてしまったワタクシ(汗)。言語理解能力に難アリなようです(汗)。そして結局はいつものようなネタになってしまいました‥‥しかしリンがとばっちり食ってます(笑)。




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