テスト
千尋が本を開いてぶつぶつと何か言い続けている。 仕事の合間に暇さえあれば何かを言い続けている千尋を、他の湯女や従業員たちは気味悪そうに見つめていた。 「1582年、本能寺の変‥‥‥ブツブツ」 「千尋‥‥‥」 皆から促されて、ハクが千尋に話しかけた。 「ああ、今はやめて‥‥忘れるから‥‥ブツブツ」 「‥‥一体何をしてるんだい?」 千尋は本から目を離さずに、ブツブツと答えた。 「来週歴史のテストだから‥‥覚えないといけないの‥‥」 なるほど。 向こうの世界もよく知るハクは納得したが、他の従業員では納得出来まい。 「しかし千尋‥‥‥今は仕事中だから‥‥」 「今話しかけないでっ。忘れるでしょっ」 鬼気迫る千尋の様子に、仕事モードにも入れないちょっと情けないハクであったが。 上司としての威厳を示さねば示しもつかないとばかりに少し声を荒立てた。 「千尋! いい加減にしなさい!」 その声に千尋がきっと振り返る。 よくよく見れば目の下に隈も出来ていて、睡眠時間もかなり削って勉強しているらしいのが見て取れる。 「話しかけないでって言ったでしょ――――――っ!!!」 逆キレした千尋に、従業員たちが慌てて逃げていく。 「落ち着けっ! 悪かった、私が悪かったから落ち着いてっ!!」 ハクが慌てて千尋の口をふさいで黙らせ、その場は何とか落ち着いた。 「‥‥‥‥ブツブツ」 再び自分の世界に入り込んでしまった千尋を呆然と見送り、ハクはため息をついた。 皆が寝静まる夜更け。 そっとハクは女部屋の方を見回りにやってきた。 廊下にまあるい布団の固まりが転がっているのに気づき、足を止める。 ぶつぶつと何かを言い続ける声に、ハクはそぉっと布団の固まりを覗き込んだ。 「‥‥千尋‥‥」 布団にくるまって暖をとりつつ月明かりの中勉強をしている千尋の姿に、ハクはただただ脱力するしかなかった。 「あんな所で勉強していたら目が悪くなるよ」 自分の部屋へと千尋を招き入れ、ハクは灯りをともした。 「そこの机で勉強するといい」 「いいの?」 「私もまだしなければならない仕事が残っているから」 「ありがとう‥‥‥じゃあ、お言葉に甘えて‥‥」 机の前に座った千尋は、本を広げて再び勉強を始めた。 その後ろ姿を見ながら、ハクは持ってきた帳簿に目を落とし、確認を始めた。 どのくらい時がたったのか。 一応目を通し終わり、ハクがふと机の方に視線を向けると。 千尋は机に突っ伏してすーすーと寝息をたてていた。 母親からテストの点についてうるさく言われているのだろう。 湯屋でアルバイトしながらの勉学は大変に違いない。 それでもこの油屋に働きに来る理由は――――――― そっと千尋に毛布をかけて、ハクはその額に軽く口づけした。 「おやすみ、千尋‥‥‥」 それから数日がすぎ。 「ハク―――――!!」 その声にハクが振り返る。 そのとたんに、ハクは首に抱きつかれて危うく声をあげそうになった。 「ち、千尋っ‥‥」 「聞いてっ!! 聞いて聞いて聞いてー!! 歴史のテスト、98点だったのよっ!! 頑張って勉強した甲斐があったー!!」 うれしさのあまりハクにすりすりと頬ずりする千尋に、ハクは硬直して動けない。 「よ、良かったね千尋‥‥‥」 「うんっ。ハクがお部屋貸してくれたおかげよ、ありがとう!」 廊下のど真ん中で熱いラブシーンを繰り広げる二人に、いつものこととはいえどやはり気になるのか、ギャラリーが遠巻きに見つめ始めている。 それに気がついたハクは、コホムと咳払いして、千尋を押し戻した。 「さ、さぁ。もう仕事の時間だから‥‥着替えておいで」 「はぁい」 千尋は身を翻して走りかけて――――またぱたぱたとハクの元に戻ってきた。 「千尋?」 「これは、お礼」 そう言うと、千尋は背伸びしてハクの頬に軽くキス。 そして今度こそ走り去っていった。 後には、固まったままのハクが残るばかりだった。 うららかな昼下がり。 珍しいものを見た従業員たちの間で、このことが噂にならない筈もなく。 その噂を消すのにハクは一苦労したという話である。 END |
暫く大人っぽーいものとかそういうのばっかり続いたので子供らしいほのぼのを書いてみました。学生の皆様テストは如何だったでしょうか‥‥私はいつも一夜漬けでした(ふふふふ)。ハクも千尋もかわいらしさ大爆発(謎)にしてみましたが‥‥ああ、ほのぼのって可愛いなぁ( ̄▽ ̄)(自分で言うな)。 |