予知夢
280000キリ番作品
がばっ、と起きあがる。 「……う〜〜〜…」 ぼさぼさの髪を手櫛で整えながら、千尋はその年の少女に似合わないうめき声をあげた。 「……また見ちゃった……」 階下からは母親の声が聞こえてくる。 「千尋ー! 早く起きなさい! 遅刻するわよ!!」 暫く起きあがったまま固まっていた千尋だったが、大きく溜息をついてベッドから降りた。 今日こそはハクに相談をしてみようと心に誓いながら。 「……あ、そっちは行かない方がいいよ」 廊下を歩いていた千尋は前を歩く友人に声をかけた。 化学室に向かうにはこの廊下を通った方が近い。 「でもちーちゃん、急がないと遅れちゃうよ」 「こっちから行こう」 友人の手を引っ張って別の道へと歩き出す千尋を、他の級友が訝しげに見つめる。 「荻野さん、そっちは……」 そのとたん、がしゃーん!! という音が廊下に響き渡った。 「!!」 さっき千尋たちが通ろうとした廊下に面するガラス窓が、粉々に砕け散る。 「大丈夫かー!!」 廊下に散乱するガラスの破片のなかに、野球のボールがあった。 「怪我人はいないか!?」 騒然となるその場所から離れるように千尋はずんずんと歩き出した。 「もしあのまま歩いてったら、ガラスの破片を浴びてたね……」 「さ、急ごう」 溜息を漏らす友人の声など耳に入らないように千尋は歩き続ける。 ――――はぁ、やっぱりあたったか……。 憂鬱な気分がますます高まるようで、千尋は溜息を隠せなかった。 学校が終わった後、千尋はまっすぐ森へと向かった。 「ハク!! ハク、いる!?」 森の入り口に入るなり、千尋は大声でハクの名を呼んだ。 「ハク!」 「……どうしたんだい、千尋。随分と慌ててるようだけど」 はっと振り返ると、ハクがすぐ後ろに立っていた。 「聞いて欲しい事があるんだけど……」 「……いいよ、こっちにおいで」 さっきの勢いはどこへやら一転しておとなしくなってしまった千尋を、ハクは森の奥へと導いていった。 「夢?」 「うん。この頃未来を夢に見るの。で、必ずあたるのよ……」 「いつから?」 「5日前……くらい、かな?」 千尋の言葉にいちいちうんうん、と頷きながら話を聞いていたハクは、瞳をかげらせた。 「………5日前といったら、二人で出かけた日から後って事かな」 「あ、そうなるかな」 「………………」 黙り込んでしまったハクを、千尋はおそるおそるのぞき込んだ。 「………ハク……?」 「この前行ったところに、行ってみようか」 唐突に言われ、目が点になる。 「い、今から?」 「早いほうがいい。もしかしたら、見込まれてしまったのかもしれないから」 ハクの言葉に千尋がさああっと青ざめる。 「な、何に!? もしかして、あそこの神様!?」 「それを確かめに行くんだよ、さ、立って」 見込まれた、という言葉が頭をぐるぐるまわって、だんだんと不安が高まってくる。 青ざめてくる千尋に、ハクはくすっと笑みを漏らした。 「大丈夫だよ。私よりも格が下の神だからどうとでもなる」 「そ、そうなの……?」 ハクにそう言われてちょっとだけホッとする。が何の解決にもなってない事に気がつき―――自分の単純さにちょっとだけ落ち込んでしまった。 「さ」 手をとって導くハクの手を握りしめ、千尋は顔を上げてうん、と頷いた。 5日前―――日曜日。 千尋はハクといわゆる”デート”をした。 とはいえど、相手がハクなので世間一般的なデートという訳にはいかない。 ハクは人混みが好きではなかったし、千尋も街中を歩きたい訳ではなかったので、必然的に行き先は自然が多いところ、昔の建造物が多い場所になる。 この前立ち寄ったのも、そういうところだった。 人々から忘れ去られたような神社。奉られているのは、おそらくは狐だろうとハクが教えてくれた。 そうして今日。 二人はその神社に再びやってきていた。 「おそらく千尋が来てくれたのが嬉しかったのだと思う。……何か能力を授けてくれたんじゃないかな」 「えええ……」 「未来を夢に見るという事は、おそらく予知夢だろう」 そんな事を話しながら鳥居をくぐり。堂の前までやってくる。 あたりは鬱蒼とした木々に囲まれ、風の音しか聞こえない。 「……主よ。出てきてはくれぬか」 ハクの声が響く。 ――――ややして。 「……川の主様が、わざわざ何度も足を運んでくださるとは……光栄至極にございます」 二人の目の前に一人の少年が姿を現した。 ぱっと見は着物を着た6、7歳くらいの少年―――だが、狐の耳が頭から出ていたり、おしりのあたりからふさふさとしたしっぽが出ているあたり、まだまだ駆け出しの神らしい。 「神としては新参者ゆえ、このような姿でご挨拶をさせて頂くことをお許し下さい」 ぺこりとお辞儀をするその姿と言葉とのギャップが、愛らしい。 「……かっ、かわいい……」 などとつい口走ってしまったのを責める事は出来ないだろう。 ―――となりでハクがちょっとムッとしたような気もするが、気がつかないフリをした。 「ところで……この前ここを訪れた時にそなた……この娘に力を授けはしなかったか?」 ハクの問いかけに、少年は目を丸くした。 「力………予知の事でしょうか?」 「それよ、それ! もう、大変だったのよ! 朝起きたらその夢を鮮明に覚えてて……」 それから千尋はこの5日間の事を語りに語りまくった。 それこそ、ハクがクチを挟む余裕がないほどに。 ――――思いつくまま思いのままを喋り終えると、千尋は酸欠状態でくらっと倒れかけてしまった。 「千尋……喋りすぎだよ」 「だ、だって……」 「あ、あのぉ……」 狐の少年がおずおず……と訊ねる。 「その予知で……何か困った事があったのでございましょうか? 聞いたところ、あなた様は立派にその力を使いこなせていらっしゃるようですが……」 どうやら少年には、どうして千尋が力を嫌がるのかが理解出来ないらしい。 ”神”や”物の怪”は力を持つのが当たり前―――であるから、力を使いこなせていながら嫌悪する気持ちが分からないのだろう。 「だから……」 どうやって言葉を伝えようか、と考え込んでしまった千尋をかばうように、ハクが口を開いた。 「ヒトというものは、自分にない力を持つ者を畏怖する傾向にある。今はまだ千尋がその力をおおっぴらに使っていないから良いが、何かのきっかけで知れれば、奇異の目で見られるか迫害されるか……そのどちらかだ。千尋はそれを恐れているんだ」 小首をかしげたまま、少年はハクの言葉を聞いている。 「それに―――千尋には力は必要ない。彼女は普通の人間だ……この世界を生きていくだけの力があるのだから、それ以上の力は彼女には必要ないだろう」 そう。千尋が言いたいのはまさにそれだった。 確かに力が欲しいと思ったことがないとは言わない。 だが―――ハクがいつも傍にいてくれる今、力が欲しいとは思わなくなってきていた。 ―――どうせ、私がちょっとした力を持ってもハクには全然かなわないんだし。 それよりかは、この世界の事をもっとハクに教えてあげて、もっとこの世界の事を好きになって欲しい。 その手助けがしたい。 「………私、ハクの傍にいたい。だけどその為にこの力は、必要ないもの」 少年は俯いてじっと考え込んでいたが、やがて顔を上げた。 「分かりました。あなた様たちがそうおっしゃるのでしたら、この力は必要ないものでしょう」 少年が千尋の方に手をかざす。 ――――ぴかっと、目の奥が一瞬光ったような気がした。 「これで予知夢はもう見なくなるでしょう。大それた事をしでかし、申し訳ございません……」 深々と頭を下げられて千尋は慌てて近寄り、少年の肩を持った。 「そんな事ないよ! あなたは私に喜んで欲しくてやったんだもの! ごめんね、突っ返すような事をしちゃって!」 「……この場所に人が来るのは久しぶりでしたもので、つい……」 それほどまでにこの場所は忘れ去られてしまっているのか――――そう思うと、胸の奥が痛む。 「また遊びに来るよ。だから、落ち込んだりしちゃだめよ、ねっ?」 そのとたん、少年の表情が明るくなった。 「また来て頂けるのですか? お待ち致しております―――是非また、お越し下さいませ!」 妙に仲が良くなったらしい二人を見ながら、苦笑を漏らすハクであった。 「千尋」 「んー?」 「あの狐が気に入ったようだね」 森に帰ってきてからそんな事を言われ、千尋はえっと振り返った。 「別に、気に入ったってほどじゃないけど………」 「可愛い造形をしていても相手は神の端くれなんだから、注意した方がいいよ?」 「?? 何で?」 ―――目の前に自分という神がいるのに、分からないのだろうか。 これほどまでに千尋に執着しているというのに―――感じていないのか、それとも感じていても彼女の器が大きい為に動じていないだけなのか。 何となく癪に障って、ハクはふいっと視線を逸らした。 「……頭から食べられてしまうかもしれないよ」 「そっ……それはイヤ! 食べられたくないよ私!?」 一転して青ざめる千尋に視線をやり―――ハクはついつい吹き出してしまった。 「……ハク、からかったわね!?」 「いや、そうじゃないけど……」 「絶対、からかってる!!」 彼女には力は必要ない。 もう既に彼女は力を持っているから。 生きるもの―――人であろうと、神であろうと、物の怪であろうと、それを受け入れてしまう器の大きさも、また力の一つだろう。 「もー! ハク、笑ってないで! 私、怒ってるんだからねっ?」 「分かってる、分かってるけど……」 笑いが止まらない。 純粋で、本質は10歳の時と何も変わっていない千尋。 いつまでも、このままでいて欲しい―――と願うハクであった。 END |
遅くなりました、280000キリ番です。剣か予知夢を使った作品で……という事で、最初は剣で考えていたんですが、何かネタが全部「妖刀」とかの方に行っちゃうんですよね。書いてもみましたがやっぱりどこにでもあるネタになり……という事で、予知夢の方で書いてみたらば結構しっくりと来たので、こちらになりました。狐の少年はあえて名前をつけませんでした。だってチョイ役だし(爆)。 |