雪遊び

97000HIT キリ番作品






「おはよう〜」

「おはようー」

昼すぎた頃、湯屋が賑やかになってくる。

おねえさまたちに混じって起きてきた千尋は、あまりの寒さに身震いした。

「さむっ‥‥」

「おぅ、おはよう千。今日は寒いから下に何か着とけよ」

リンに言われ、千尋はあらかじめ用意してあった厚手の下着に袖を通した。

「これだともう氷が張ってるかもなぁ‥‥」

そんな事を言いながら出ていくリンの後を、慌てて追っかける。

そして窓の外を見た千尋は、「わぁ‥‥」と声をあげた。




いつもならば大地か海のどちらかが広がる風景が、一面真っ白になっている。

そして空からはまだまだ後から後から雪が降り続いている。

「‥‥これって、雪?」

「あん?」

リンは千尋の言葉に興味なさそうに視線を向けた。

「ああ、雪降ってんだな。今年初めての雪だ」

「初雪‥‥‥」

目をキラキラさせて見つめる千尋に、リンが肩をすくめる。

「別に珍しくも何ともねぇだろ」

「珍しいよー。私の住んでいるトコでは全然雪降らないんだもん」

「ふうん」

階下で「いそげ!」という怒鳴り声が聞こえてきた。

「やべ。早くしねぇとまたどやされるぜ」

リンと千尋は慌ててばたばたと階段を駆け下りて行った。










仕事をしている間もずっと雪は降り続いていた。

庭に水を捨てにいった時に、庭の木々がすっかり雪に化粧されていて、千尋はそれだけで何となく嬉しくなってしまう自分をおさえられない。

――――仕事終わってから、外に雪見にいこっと。

密かにそんな約束を自分にしながら、千尋は上機嫌で走っていったのであった。






仕事が終わると普通は湯女達と一緒に部屋に戻るのだが、千尋は「用事あるから!」と突っ走っていった。

「‥‥どしたの? 千は」

おねえさまの言葉にリンは苦笑した。

「雪を見に行くんだと」

「‥‥雪を? 雪って、あの雪だよね?」

「ああ」

「‥‥やっぱ変わった子だよね、千て」

後に残ったリン達の会話を、千は知らない。






庭に飛び出た千尋は、冷たさに「ひゃあ」と声をあげつつも、そっと雪の中に足を踏み入れた。

まだ雪はしんしんと降り続いていて、既に千尋の足のくるぶしくらいまでは積もっている。

明日の朝まで降り続けばきっと膝くらいまでは到達するのではないだろうか。

そっと手ですくって丸くこね、それを二つつくってくっつけてみる。

雪を掘って小さい石を探し、二つ入れてみる。

「ふふっ、雪だるまの完成っ」

「もっと大きいのを作ってみればいいのに」

後ろから声がしてはっと振り返ると、ハクが立っていた。

相変わらずの白い水干に袴、草履という出で立ちで、見ているほうが寒くなりそうだ。

「ハク、寒くないの?」

「慣れてる」

その一言であっさりと会話が終わってしまい、千尋は「あ、そう‥‥」としか返せなかった。

「それより、もうちょっと大きい雪だるま作ってみればいいのに」

庭石の上に置かれた小さい雪だるまを指さして、ハクが言う。

「だって、1人じゃ大変だし」

「手伝うよ」

ハクからそんな言葉が出ると思わず、千尋は目をまんまるにしてしまった。

「‥‥何かおかしい事言ったかな」

千尋の反応がないので、ハクのほうがおずおずと聞いてくる。

「ううんっ、そんな事ないよ。じゃあ二人で頑張ろうか!」

それから二人で雪を転がして胴体を作り、その後頭を作る。

胴体の上に載せるのはハクがひょいと持ち上げてくれたので、千尋は何もしなくてすんだ。

「顔のほうは千尋に任せたよ」

「うんっ」

目の色に合いそうな石を拾って来て、顔に埋め込む。

「手はこの枝でいいかな」

「いいんじゃないかな?」

胴体に手のかわりとなる枝を突き刺してみる。

「そうだ」

千尋は思いついて「ちょっと待ってて」とハクに言い置いて湯屋の中へと戻っていった。

「‥‥‥??」

不思議そうにハクが待っていると、やがて千尋は手にマフラーを持って戻って来た。

「このままだと雪だるまも寒いだろうから」

自分がこちらに来る時につけて来たマフラーを雪だるまの首に巻いてやる。

「出来た!」

千尋の身長ほどもある雪だるまが、きょとんとした顔でハクと千尋を見つめていた。


「わぁぁぁっ、可愛い可愛い!」

「うまく出来たね」

二人で暫くその雪だるまを見つめていたが―――――

突然ハクが千尋の手を握って来た。

「は、ハクっ?」

「手が冷たくなってる」

ハクは千尋の手をとると、温めようとしてか優しくさすり始めた。

「温かいものでも食べて暖まらないと、風邪をひいてしまうよ」

「う、うん‥‥」

ハクの手はほんのりと温かくて、心地よかった。

でも。

そういう物理的なぬくもりとは別に、顔がかぁぁっと赤くなるのが分かって、千尋は慌ててうつむいた。

「? どうしたの、千尋?」

ハクのほうはそれに気がついていないようで、不思議そうに千尋を覗き込んできた。

「な、なんでもないのっ!」

千尋は不自然にならないように気をつかいつつハクの手をそっと離すと、未だ雪が降り積もる庭の中央に走り出した。

「見てみて! まだまだ積もりそうよ! 私の住んでいる場所はあまり雪が降らないから、凄く綺麗!」

つられるようにハクが空を見上げた。

うっすらと東の空が明るくなってきているのは、もうすぐ朝がくるという先触れ。

その中、雪がしんしんと降り積もる。

「皆が起きる頃には凄く積もっていそうだね」

「そしたらみんなで雪合戦したいなぁ」

そんな事を言いつつはしゃいでいる千尋には悪いが、そんなことを言ったら皆嫌な顔をするだろう。

まだ子供の千尋とは違い、他の湯女達は妙齢の女性が多い。

それに毎年降る雪に感慨を覚える者もいない。

きっとリンに速攻で却下されるのだろうと想像して、ハクは千尋に分からないように苦笑した。

「雪合戦はまた今度しよう。明日もまた仕事があるのだから、今日はそろそろ休まないと」

「‥‥そっかぁ。そうだね、そうしようか」

残念そうに呟いて、千尋はハクの元へと戻って来た。

千尋の髪にうっすらと雪が散らばっている。

それをハクは手でそっと払い落としてやった。

「あ、ありがと‥‥」

「さ、戻ろう。私の部屋においで‥‥温かいものを用意するから」

「うん!」

ハクの申し出に元気良く返事をして、千尋はハクの後についていった。






次の日。

「この雪だるま、誰が作ったんだ?」

坊が廊下から雪だるまを指さして、周りの従業員に聞いていた。

「きっと、千だと思いますよ。昨日雪が降ったとはしゃいでましたから」

あれから雪はまだ降り積もり、既に膝あたりまで積もっていた。

真っ白な風景の中、雪だるまの目やマフラーだけが彩りを添えている。

「ずるいっ!」

「は?」

「坊も作りたい!! 千を呼べ!!」




そして呼ばれて来た千尋は、坊の申し出にげっ、と声を出してしまった。

外はますます寒くなり、「雪だ!」とはしゃぐにはちょっと積もりすぎで、かき分けて進まないと歩けないくらい積もっている。

その中、雪だるまを作る‥‥と?

「千、坊と一緒に雪だるまを作れ!」

「は、はぁ‥‥」

雪を嫌うおねえさま達の気持ちがちょっとだけ分かった千尋であった。








END

97000キリ番作品です。初雪で喜ぶ千尋とそれを見守るハク、という事でしたが‥‥何か一緒に楽しんでますねぇ(笑)。その後坊までもが加わってオチつけてますし。私の住んでいるところは日本の南のほうなので雪は珍しいです。今でも雪が降ってくると何となく楽しくなってくるのですが。北の人(特に北海道)は大変そうですよね‥‥(汗)。




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