月の光
ハクセン祭投稿作品




もう寝ようかと思った夜。
カーテンの隙間から漏れてくる光が気になってちょっと覗いてみた。
「わぁ……」
真っ暗なはずの外がもの凄く明るくて、びっくりした。
空を見上げればぽっかりと浮かぶ丸いお月様。
欠けた処なんて一つもない、本当にまんまるいお月様が空に浮かんでいた。
「そっか、今日は満月なんだ……」
中秋の名月だっけ……お月様を愛でる風習があるよね。
幼稚園の頃にお団子を作ってみんなでお月様を見たことがあったけど、あの時は月よりもお団子を食べる方に夢中だったっけ。
まじまじと月を見つめていると吸い込まれそう。
そうやってじっと見つめていて―――ふっと気がついた。
「ハクもこの月を見てるかな……?」
一緒に見たいな……。
1人で見ても綺麗だけど、2人で見たらもっと綺麗に見える気がする。
暫く考えて、私は服を着替えるためにそっとクローゼットを開けた。
この時間ならお父さんもお母さんも寝てるから、そっと抜け出してもバレないはず。
せっかくの綺麗なお月様だもの、ハクと一緒に見よう!
きっと驚くだろうなぁ。
ハクの驚く顔を想像して何となくニヤけるのを堪えつつ、私は静かに手早く用意を始めたのだった。




ハクがいつもいる森は、夜は真っ暗。
夜目が利くのかハクは迷わずに歩けるけれど、私はとても無理。
だから一応懐中電灯を持ってきたのだけど、今日はとても明るいから懐中電灯なしでも何とか歩けそう。
満月の夜ってこんなに明るかったんだ……。
そんな事を思いながら、転ばないように慎重に歩く。
舗装されていない道を歩くのはまだ慣れないんだよね。

「千尋!?」

突然そんな声が聞こえて、私はびくっと体を強ばらせた。
「こんな夜中に……一体どうしたんだ」
聞き覚えのある声がして、すぐ目の前に気配と人影が現れる。
「こんばんは、ハク」
私は緊張を解き、何でもない事を示すためににっこりと笑ってみせた。
想像した通り、ハクはとても驚いた顔をして私を見つめていた。


「何かあったの?」
「ううん」
私は生い茂る木の隙間から差し込んでくる月光―――その向こうにあるはずの月を指さした。
「今日お月様が綺麗でしょ? 一緒に見たいなーと思って遊びに来たの」
「……他には?」
「それだけだよ?」
―――ハクはもの凄く大きなため息をついて項垂れてしまった。
あ、あれ? 私何か変な事言ったかな。
「……月の光は魔の力を助長する。人間の世界でも犯罪率があがるという統計が出ているんだから、無闇やたらに外出しては駄目だよ」
「でも、ここ近いし……」
と、言い訳をしようとしてみたけど、ハクが無言でじーっと見ているので私は口を閉ざした。
「……気をつけます」
そう言うと、彼はようやく表情を和らげてくれた。
ああ、やっぱり笑った方が好きだな、私。
「来てしまったものは仕方ない。予定通り月見をしようか」
こうやって最後には私の願いを叶えてくれる。
だから私は大きく「うん!」と頷いた。



ハクが連れていってくれた処は、小高い丘のようなところだった。
「うわぁ!」
町並みが一望出来る上に、空を見ると月がぽっかり浮かんでる。
月見をするのにこれ以上のロケーションはないだろう。
「凄く良く見えるね!」
「時々ここで月光浴をするんだ」
「げっこうよく?」
初めて聞く言葉……日光浴がお日様の光を浴びる事だから……
「日光浴のお月様バージョン?」
「そういう事だね。太陽のような強い力ではないけど、月の光を浴びるのも心地良いものだよ」
天然の芝生の上に座って月を見上げる。
目を閉じても確かに月の光が降り注ぐのが分かる気がした。
「気持ちいいかも……」
ハクも隣に座って同じように空を見上げている。
気配を感じて思わず目を開けた私は彼の横顔を見つめ―――何だかどきどきしてくるのを感じていた。
人間なら格好良い人も見慣れてくるんだけど、ハクは慣れない。
今でもこうしてどきどきしてしまう事が結構ある。
きっと彼は気がついてるんだろうけど、自分から言うのは恥ずかしすぎるので絶対に言わない。
と、彼がこっちを向いたので私は微妙に視線をずらした。
「千尋は私と共にいる事が多いし、髪留めをつけているから魔力の影響を受けやすくなっている。だから月の光も他の人よりは強く感じるはずだ」
「そうなの? あんまり変わらない気がするけど……」
私が不思議そうな顔をしているのが面白かったのか、ハクは笑みを漏らした。
「千尋自身に力がある訳ではないから、自覚はしづらいかもしれないね」
うーん、何かそれって凄く含みがある言い方じゃない?
でもハクに聞いても答えてくれるかどうか分からないし、例え答えて貰っても理解出来るかどうか怪しいし。
だから私はそれ以上は何も聞かず、ただ空に視線を戻してお月様を見上げていた。



―――考えてみれば月って既に人が歩いた事がある場所なんだよね。
科学的には空気も水もなくて生き物が住まない死の世界だって証明されてるのに、どうしてこんな風に見上げると幻想的に見えちゃうんだろうなぁ。
「……不思議だねぇ」
思わず声に出して言ってしまい、慌てて口を押さえる。
隣にいたハクを見ると、案の定不思議そうな顔をして私を見ていた。
「な、何でもないの」
幾らハクでも私の思考が読める訳じゃないんだから、今の発言は唐突で変だったよね。
「気にしないで……ちょっと色々考えてただけだから……」
更に不思議そうな顔になったハクに、私はますます居たたまれない気持ちになってしまった。
これって恥の上塗りだ……。
けれど、ハクは色々と推測をして私が何で「不思議だ」と言ったかを彼なりに思い当てたらしかった。
「……私としては月よりも千尋の方が不思議だけどね」
「え?」
「こんな細い体の何処にあれだけの行動力や強い精神があるんだろう……って思うよ」
と私の手を取るハクを、私は凝視してしまった。
このくらいの行動力、恋している女の子なら普通だと思うんだけどなぁ。
そうは思うものの、ハクに説明しようとすると「私が恋している」という部分まで説明をしなければならなくなりそうで。
周知の事実だとしても改めてハクに説明するのはちょっと、いやかなり、恥ずかしい。
ので。
私はそれに対して反論もフォローもせず、ただただ頬を赤らめているだけだった。
「千尋……頬が赤いよ」
「し、指摘しないでっ」
ますます赤くなるから!
何だかのぼせそうなくらい顔が熱い。
そんな私を手を握ったままじっと見ていたハクは、突然笑い出した。
「……ハク……?」
もしかして、からかった……??
「ハク!? からかったねっ!?」
「そういうつもりじゃないよ。でも、可愛いな……と思って」
「可愛いって思ったら笑うの〜!? ひどいー!」
「ごめん」
とはいっても私も本気で怒っている訳じゃない。それはハクも分かっていて。
こういうやりとりが出来るようになったのも、彼と私の間の距離が縮まった証のような気がして、私は嬉しかった。
ハクもそう感じてくれていると、いいな―――と思うのだけど。
「お詫びにこれをあげるよ」
と、ハクは私の手に何かを握らせて来た。
「これ……」
乳白色の小さな石が私の手の上に乗っていた。
角度を変えると青い色が浮かび上がってとても綺麗。
「月の石と呼ばれるものだよ。この月の光には遠く及ばないが、記念にはなるかな」
「ムーンストーン…?」
天然石のペンダントで見たことはあるけど、こんなに綺麗に色が浮かび上がるのは初めて見たかも。
「いいの、これ?」
「千尋にあげるよ。私には必要ないものだから」
「ありがとう!」
思わずハクに抱きついてぎゅーっと抱きしめる。
「ち、千尋…?」
彼が戸惑っているのが感じられるけど、お構いなしに力を込める。

石を貰ったのも嬉しいけど。
何よりもハクが私を大切にしてくれている気持ちが伝わってきたのが凄く嬉しかった。

「大切にするからね……」
私に出来る事は少ないけど、でもせめて。
彼の傍にいたいって思う。

―――命ある限り。






「……ん…」
ふ、と目が覚めると。
私はベッドのなかにいた。
「……あれぇ……」
ハクとお月見したはずなのに―――何でベッドにいるんだろう、私。
「夢……?」
凄く綺麗だったのに、全部夢……?
と思って身じろぎすると、肌に固いものが触れた。
「ん?」
それを拾い上げてみると―――淡い光を放つ小さな石。
ハクがくれた、月の石だった。
「夢じゃない……」
確かに昨晩、一緒に月を眺めたんだ。
夢じゃない。
私は石をぎゅっと握りしめると飛び起きた。

ハクに会いに行かなきゃ。
会って―――何を話すかはまだ決めてないけれど。
でも最初の言葉は決まってる。

―――昨日のお月様、綺麗だったね、って。

ハクはどんな顔をするかしら。
それを想像しながら、私はクローゼットへと手を伸ばした。





END



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