力ある者
その1
Web拍手御礼作品
「今日の仕事はこれで終わりね」 千尋がそう言うとリンが頷きを返し、ブラシを置く。 「これでようやく夕メシにありつけるな」 「うん、すっごくおなかすいちゃった」 そんなことを話しながら片づけをしていた千尋は、視線を感じて振り返った。 「………?」 「どした?」 「ううん、何でもない」 ―――誰か見ていたような気がするんだけど、きっと気のせいよね。 千尋は桶を置き終わると、立ち上がった。 「片づけ終わったよ」 「おーし、じゃ部屋に帰るかぁ」 「うん」 千尋はリンの後をついて歩き出した。 部屋では既に仕事を終えたおねえさまたちが談笑をしていた。 「今日もしんどかったなぁ」 既に定位置となった廊下に座り込み、リンは水干を脱いだ。 千尋もそれにならって水干を脱ぐ。 「ん?」 千尋の胸元で揺れているものに気づき、リンが身を乗り出す。 「千、そんなもん持ってたっけ?」 「え……? ああ」 千尋はそれにそっと触れた。 ―――千尋の胸元にあるのは、チェーンに通された指輪。 透明な石がはめこまれた石が、光に照らされてきらめいている。 「ハクから貰ったのか、それ」 「ううん、違う人」 あっさりと言った千尋にリンはうっとつまった。 それでも何とか気を取り直して訊ねる。 「ち…違うって」 「ハウルさんって人から貰ったんだ」 しかも違う男の名をさらっと言われて、あんぐりと口を開けてしまう。 「………どうかした?」 リンのあまりの驚きように千尋はきょとんとするばかり。 「……あの、さ」 「うん」 「……ハクからその男に乗り換えたのか?」 ちょうど手すりから足を出そうとしていた千尋は、ごん! と手すりに頭を打ち付けた。 「だ、誰がよ!?」 「いや、だって……男からの贈り物をわざわざ身につけるってことは、そういうことだろ?」 「違うよっ。前に仕事場にこれなかったって言ってた時があったでしょ?」 「ああ、そういえば……湯婆婆が怒りまくってたな」 あの後大変だった。 湯婆婆は二人を豚にする! と息巻いていたのだが、事情を話しハウル達の世界のことを話すとそれに興味をそそられたのか、色々と聞いて来た。 そしてこの指輪を見せると、今回のことは不問にすると言ってきたのだ。 湯婆婆の部屋を出た後、ハクがため息混じりに呟いたのを千尋は今でも覚えている。 「……その指輪に秘められた魔力に気がついたんだろうね」 「これ、そんなに凄いの?」 あの時ハウルに言われた通り、チェーンに通して首からかけている指輪を見せると、ハクはこくりと頷いた。 「カルシファーと契約を結んでいたというのを差し引いても、彼の力は人間の領域を越えている。そこに興味を持ったんだと思うよ」 「そうなんだ……」 「……何事もなければ良いのだけど」 はぁ、とため息をついたハクは相当疲れ切っていた。 力がどーのこーの、というその辺りのよく事情は分からない千尋だが、きっと大変なんだろうなというのだけは分かった。 その辺りのことも話すと、リンのほうも興味津々で身を乗り出して来た。 「そんな世界があるなんてなぁ……オレはこの世界しか知らねぇけど、楽しそうだな」 湯屋から出られないリンにとっては他の世界の話を聞くのがいい娯楽になっているようだ。 「他の世界って言ってもその人たちにとっては現実なんだもの。色々大変みたいよ?」 ソフィーが甲斐甲斐しく働いているのを見ていると、自分よりも大変なんじゃないかと思う。 とても自分には出来ない―――自分の面倒を見るのだって大変だっていうのに。 「ここで働くよりゃ何処だってましだと思うがな〜」 「そうかなぁ」 「そうに決まってるって。早くここを出て別の街に行ってやるんだ、オレぁ」 もうリンの口癖になったその言葉を聞きながら、千尋はそっと指輪に触れた。 (……また、会えるかな……ハウルさんやソフィーさん達に……) あの時は湯屋のことも心配だったし、星の子を助けるという重要な役割もあったから、しっかりとしたコミュニケーションをとれなかったような気がする。 ―――この指輪と、ハクがソフィーへと渡した白い鱗。 それが私たちの距離を縮める媒体になってくれるといいんだけど。 千尋はそんなことを思いながら、眼下に見える広い大地を見つめていた。 |