力ある者
その2
Web拍手御礼作品
ばたばた、と何処かで走り回るような音がする。 深い眠りのなかにいた千尋は、その音によって意識を浮上させざるを得なかった。 (まだ、起きるには早いはず……眠らなきゃ…) それでもしつこく眠ろうと努めていたのだ―――が。 「……だめだぁ…」 その音がいつまでたってもやまないのについに根負けし、目を開けた。 「……あれ?」 障子越しに見える日の光はまださわやかで、起きるにはまだ早いことを示している。 なのに、部屋のなかで寝ていたのは千尋ただ1人だった。 「何でみんないないの?」 隣で寝ていたはずのリンもいない。 昔、カオナシを客として祭り上げた時にも似たようなことがあった。 「また何かあったのかな……」 千尋は独り言を言いながら下ろしていた髪をくくり、水干を手に取った。 階下へと降りていく。 「あっちだ!」 「何をしている、早う何とかせぬか!!」 「ぼってりした身体の割にすばしっこくって……」 「あっ、向こう側にいった!!」 ―――階下は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。 さっきから聞こえていた走り回る音は、従業員たちが走り回る音だったのだ。 「ね、ねぇ」 何のことかさっぱり分からない千尋は、近くを通りかかった同じ湯女の少女に問いかけた。 「一体何の騒ぎなの?」 「あっ、千! 起きたのね」 少女は荒くなっている息を整えようと深呼吸をしてから千尋に返事を返した。 「犬が迷い込んでんの。しかも人間界の犬よ。厨房でご飯をあさってるところを蛙男が見つけて大騒ぎになって……捕まえようとしてるんだけどなかなか捕まんないのよ」 「人間界の犬…?」 「千! 来たか!!」 兄役が血相を変えて走って来た。 「あの犬はおまえが連れてきた犬だろう!!」 やっぱり。 何か異質なものが紛れ込むと、それは大抵千尋のせいにされる。 その三分の二は本当に千尋のせいであるから文句は言えないのだが、全く身に覚えがないことまで千尋のせいにされてしまうこともある。 ハクがいて本当に千尋に関係ないことであれば、彼がそれを証明してくれるのだが――――。 (昨日から姿を見てないのよね……また湯屋の外へと行かされてるのかも) とすれば自分で何とかするしかない。 「私は連れて来た覚えないんですけど……」 千尋の家でも犬は飼っていないし、あのトンネルの辺りは獣たちにとって神聖な場所なのか、近づいては来ても中へと入ろうとしない。 「人間界とここを行き来出来るのはおまえとハク様だけだ。ハク様があんな動物を引き入れる訳がない……とすればおまえしかおらぬだろう!」 ―――理屈的にはそうなのだが、とっても言いがかりをつけられているような気がしてならない。 「お客様にお出しするために仕込んでおいた食料を殆ど食い尽くしおったんだ!」 (それで犬一匹にこれだけ大騒ぎしてたんだ……) 何となくめまいがしそうなのを何とか堪え、千尋は兄役をじっと見つめた。 「…その犬って何処にいるんですか?」 とにかくその犬を見てみないことには話にならない。 「こっちだ、ついてこい」 兄役が歩き出す後に従って、千尋も歩き出す。 (―――また、湯婆婆に色々言われちゃうんだろうなぁ……) そんな考えが頭をかすめて、思わずため息が出てしまう千尋であった。 散々従業員に追いまくられたその犬は、ちょうど戸が開いていた倉庫のなかに飛び込んだらしい。 外から扉をしめられて出ることが出来ず、先ほどからかりかりと扉をかく音が聞こえて来ている。 「くれぐれも逃がさないようにするんだぞ」 父役と兄役が後ろで仁王立ちになっている。 もし犬が逃げ出そうとした時にはすぐに捕まえられるようにと網やら箒やらを持った従業員たちも控えている。 物々しい雰囲気のなか、千尋は仕方なく扉に手をかけた。 「わ、分かりましたってば……」 後ろで見張られていては開けるしかない。 千尋は仕方なくそぉっと扉を開けた―――― 「――――!!」 千尋が扉を開けた途端なかにいた犬が千尋に飛びかかって来て。 「きゃあああっっ!!」 突然の出来事に、千尋は悲鳴をあげた。 |