力ある者
その8

Web拍手御礼作品







朝。

慣れない布団の上でソフィーは目を覚ました。

寝たのはもう夜中に近い時間だった筈なのだが、体内時計は朝になると目覚めるようにセットされているらしい。

隣の千尋はまだ眠っている。

そっと頭をあげて周りを見回しても、皆疲れ切った様子で寝ている女たちが見えるばかり。

働き、食事をとり、睡眠を取る。

娯楽といえばうわさ話だけ。

そんな状態の場所では睡眠も娯楽に入るのかもしれない。

そっと身を起こし、ソフィーは「これを着るように」と渡された赤い水干を手にとった。

ソフィーが今着ている服は動きづらい(と言われてしまった)のでそれを着る事になったのだが、袴というものにどうも慣れない。

周りを起こさないように四苦八苦してようやく身につけると、ソフィーは廊下へと出た。

「……わぁ」

眼下に広がるのは一面の平原。

雨が降れば海になると聞いたがどうにも信じられない。

「……ソフィーさん」

背後から声をかけられて振り向くと、千尋の姿があった。

「ごめんなさい、起こしちゃった?」

「ううん、大丈夫。昨日は殆ど働かずにすんだから、疲れてなかったし」

千尋はソフィーの手を取り、引っ張った。

「湯屋のなかを案内してあげるわ」

「え、でも」

「今なら皆寝てるから大丈夫よ。仕事するにしても湯屋の中を知っておいた方がいいでしょう?」

暫く考えて、ソフィーは頷いた。

「そうね……お願いする」









ぺたぺたと廊下を歩き、あちこち歩き回る。

千尋は今夜の仕事で行くと思われる場所を中心に、日本独自の文化に慣れていないソフィーに分かるようにと説明をしていった。

(私も最初はこうやってリンさんに説明して貰ったっけ……)

あれからもう6年ほどが流れ、千尋もすっかりこの仕事に慣れた。

「……で、ここで水を組むの」

「へぇ……」

何より一番ソフィーが驚いたのは風呂場だった。

「こんなに大きなのは初めて……沢山の人が入るんでしょ? それにお世話をする人もいるなんて……裸見られるの、恥ずかしくないのかなぁ」

「一応仕切られてるし仕事だしね。ほら、王様とかお風呂はいる時にはいつもお付きの人がいるでしょ、あんな感じだと思えば」

「ふうん……あたしは恥ずかしくって絶対に入れないなぁ……」

ソフィーたちの世界にはないものが目白押しで、ソフィーは目をきらきらさせて千尋の説明を聞いている。

日頃自分が何かを教えるという事が滅多にない千尋はちょっぴり優越感を感じていた。







「……仲良いね、相変わらず」

湯屋の内部を探っていたハウルが苦笑めいた言葉を漏らす。

千尋とソフィーが湯屋のなかをうろうろしているのを彼らはずっと気配を辿って見守っていた。

「二人の方はリンもいる事だし大丈夫だと思う。いざとなれば坊が出てくるだろうし」

「坊?」

ハクは書き物をしていた手を休めてハウルに向き直った。

「湯婆婆の息子だ。彼女が絡むと母親と対立しても構わないという程に千尋を気に入っている。何かあった時には役に立つだろう」

ぶっきらぼうな言い方にハウルはくすっと笑みを漏らした。

「……何か?」

「その坊って奴を嫌ってるんだなぁって思って」

少なくともハウルは、ハクがこんな風に自分の嫌悪感を出すのを見たことがない。

「当然だ」

それだけ言うと、ハクはまた書き物を始める。

ハウルはまだ眠っているヒンの背中を撫でて、再び少女二人の気配に気を集中させた。