力ある者
その7

Web拍手御礼作品








「ようやく来たね。このあたしを待たせるなんてずいぶんと偉くなったもんだ」

ハクが足を踏み入れたとたん、そんな言葉が聞こえて来た。

さすがにハウルも表情を引き締めてソフィーを抱き寄せる。

「……以前、千と私が世話になった人達を連れて参りました」

ハクの方は慣れているのか動じる事もなく部屋へと踏み込んで、ハウル達を手招きした。

「ふん……千が持っていた指輪の、本当の持ち主って奴かい」

「ええ」

書斎と思われる部屋の真ん中にある机。その前に一人の老婆が立っていた。

もちろん、ただの老婆ではない事はソフィーにもすぐに分かる。

この湯屋を取りしきるあらゆる魔法に精通した魔女、湯婆婆である。

「……凄い、力だ…」

ハウルが呟くのを聞いてソフィーはますます体をすくめてしまった。

サリマンと比べてどうなんだろう? とは思うものの、とても怖くて聞けない。

「で……今日の昼の大騒ぎの原因が、そこの犬だね」

沢山の指輪で飾られた指で指さされたヒンがぎくりとしたように固まり、ハウルの足の後ろに隠れてしまう。

「ええ。僕の不注意でこちらの方に迷い出てしまったようで……そのお詫びと思い、こうして参上しました」

ハウルはいつもと変わりない様子ですらすらと言葉を紡ぐ。

その度胸はハクすら驚きを隠せずまじまじと凝視してしまうほどである。

「……ただの人間じゃないと思っていたが……おまえ、心臓が普通の人間とは違うね」

一瞥されただけで見抜かれて一瞬動揺するも、ハウルはそれを表情には出さず淡々と返す。

「……その通りです。悪魔と取引をしておりましたので。今は契約を破棄し分離しておりますが」

湯婆婆は暫く返事を返さなかった。



暫く沈黙が続き―――――。

「この世界に来ても消えないという事は理が働いてるってことだからね、あたしには手出しが出来ない。けどそこの犬が食べちまった食事の分は何とかして貰わないといけないねぇ」

「あっ、あの! あたし、掃除得意です!」

突然そんな事を叫んだソフィーに、ハウルもハクも目を丸くして彼女を見つめた。

「あ……」

皆の視線を浴びて見る間にソフィーの顔が赤くなる。

「ぇ……と、だから……その…」

「いいだろう」

湯婆婆の言葉に3人(と1匹)の視線が向けられる。

「今日はもう上がりに近い時間だからね。明日働いて貰おうじゃないか。何をさせるかはハク、おまえに任せるよ」

それだけ言うと興味を失ったか、湯婆婆は「もう行きな」と手で早く行けと示す。

「失礼します……行こう」

長居をして湯婆婆の機嫌が変わったら大変なことになる。

ハクはハウル達を促して、さっさと湯婆婆の書斎を出る事にしたのだった。











千尋に続けてやってきた人間ということで、湯屋は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

「名も取られずここに存在出来てるなんて、一体どういう奴だ……?」

「何でも悪魔と取引がある人間らしいよ」

「そりゃまた厄介な人間を引き入れたもんだ」

「やっぱり千の手引きなんだろ?」

そんな従業員たちのひそひそ話が聞こえて来て、ハウルとソフィーを案内していた千尋はため息をついた。

(もう、何かあると全部私のせいにするんだから……)

「ね、ねぇ……」

前を歩く千尋の肩をソフィーがそっと叩いた。

「……本当に、いいのかしら。皆、いい気持ちはしてないのは分かるんだけど……千尋さんまでそういう目で見られてるみたいだし…」

「ああ」

千尋はこういう感情に晒される事に慣れている。

それに何のかんの言いつつも皆が千尋を認めて受け入れてくれているのも分かっているので、千尋はいちいちそれを気にしなくなっていた。

「私は大丈夫。ここだと娯楽が少ないから、うわさ話くらいしかないの。それに人間はあまりいい目で見られない処だし。ソフィーさんたちも気にしないでね」

「そう…?」

廊下の突き当たりまで来て、千尋たちの前を歩いていたハクが立ち止まった。

「この先から階段を上った処が女部屋だ。ソフィーは千尋に連れていって貰うといい。ハウルは私の部屋に泊まれ」

ハクに言われた事は絶対だと思っているのか、ハウルは別に文句を言うこともなく頷いた。

「ヒンも私の処に来なさい。何かあった時に対処がしやすい」

ハクに言い切られて、ソフィーの方に行こうと思っていたらしいヒンは渋々ながらに「ヒン」と返事を返す。

その様子がおかしくて千尋はついつい吹き出すのを押さえられなかった。

「それじゃまた明日ね。ソフィーさんの事は任せて」

「うん、また明日。二人ともゆっくりお休み」

「はぁい」

「お休みなさい」

口々に返事を返して廊下を歩いていく千尋とソフィーを、ハクはじっと見送っていた。

何となくぴりぴりした様子のハクが気になり、ハウルが隣から声をかけてくる。

「どうしたの?」

ハクは何も答えない。

「??」

しばし黙っていたハクはきびすを返した。

「私の部屋はこちらだ。行くぞ」

歩き出すハクに、ハウルは肩をすくめてその後ろをついて歩き出す。

その後からヒンがその短い足でとてとてと追っていった。





(………湯婆婆があっさりと許可を出したのが気になる。もっともめると思っていたんだが……)

湯婆婆が湯屋にいる間は口には出せない。

彼女が湯屋の様子をすべて把握しているからだ。

(あれだけハウルの力、カルシファーの力に興味を示していたのだから、もっとアプローチがあるものとばかり思っていたのに……)

暫くは用心しておいた方がいい。

ハクはそう結論を出して、歩いていった。