Complex
その3
「はい、これ。あたしのおごりよ」 見つからないように裏口から帰ろうとしたソフィーとハウルに、レティーが箱を差し出した。 「いいわよ、そんな……」 「いいのいいの。新製品だから持って帰って、食べて。中身はクッキーだから」 「……うん、有り難う」 箱を受け取り、精一杯の笑みを浮かべてみせる。 「また遊びに来てね。またお姉ちゃんと話がしたいから。今度泊まりに来てよ、ね?」 「そうね……機会があったら、そうさせて貰うわ」 「ハウルも、また来てね」 「有り難う」 店の中でレティーを呼ぶ声がする。 「それじゃあたし、仕事の続きがあるから」 そう言ってレティーは中へと戻っていく。 ソフィーはそれをじっと見つめていた。 「……ソフィー、帰ろう?」 ハウルに促されるまで、ソフィーはそこに立ちつくしていた。 「チェザーリの看板娘がソフィーの妹だって知らなかったよ」 帰り道。 長い影法師を見ながら、ソフィーとハウルは並んで歩いていた。 「半分しか血が繋がってないの。だから全然似てないのよ。あたしとレティー」 「……そう」 「……綺麗でしょ、レティー」 「うん、看板娘だけあるね。美人でしっかり者とくれば、周りの男達が放っておかないだろうな」 何となくそれがレティーに対するハウルの答えな気がして、ソフィーは答えを返せなかった。 (……もう考えるのやめよう。どう考えたって最悪な状態には変わりないし) これからまだ城に帰って皆の世話をしなければならないのだ―――あの帽子屋でずっと一人、思い悩んでいた時とは違う。 どんなに悲しくても仕事はやらなきゃいけない。 ―――そうしているうちにきっとハウルへの想いも薄れて、この苦しさも薄れていくだろう。 (……そうなったら楽になるわ) 「……だから僕をチェザーリに連れていきたくなかったんだね、ソフィーは」 「え…」 驚いてソフィーは足を止めた。 何が「だから」なのか分からなかったが、今ハウルがとても重要な事を言ったような気がした。 いつの間にか俯いていた視線をハウルの方へと向ける。 やや行きすぎたところでハウルが振り返り、真剣な表情でソフィーを見つめていた。 「僕がレティーに惹かれるって思ったんだ?」 「…………っ」 人間、図星を言い当てられると言い訳が何も浮かばないものらしい。 何か言い訳をしなくちゃいけないのに、全く頭に浮かばない。 「……ぇ、あ、その……」 「図星のようだね」 「…あ、そ、そうじゃなくて……その」 言いよどんでいる状態で既に図星だと知らしめているようなものなのだが、頭が真っ白になっているソフィーにそれを考える余裕はない。 「……ソフィーのあわてんぼ」 ハウルが近づいて来て、優しくソフィーの頬に手をあてた。 顔が近づいてきて唇が重なる。 「っ、んっ」 片手に買ったケーキ、もう片方にレティーから貰ったクッキーの箱がある為にハウルを押しのける事が出来ない。 それを知ってかハウルは深く唇を割り込ませソフィーを求めるように舌を絡めてくる。 「…こんなにも大切なのに……君は分かっていないの?」 キスの合間にハウルが囁きを落とし、ソフィーからの返事が返る前にまたその唇を塞ぐ。 力が抜けて支えられなくなったソフィーの手からぽとりと箱が落ちるが、それは大地にたたきつけられる前にふわりと浮かんで無事着地した。 「ソフィー…僕を見て…」 ひとしきり貪った後、ハウルはようやく唇を離した。 とはいえど、少し近づけばすぐに触れそうな距離のまま、ソフィーに話しかける。 「僕はあの時からずっと君だけを想ってる。心を失ってもずっと君に焦がれてたんだ……」 ハウルがカルシファーと契約を結んだあの夜。 ソフィーはあの場所に居合わせていた。 「君が自分を信じられないって言うなら僕が何度でも言ってあげる。ソフィーは綺麗で気だてが良くて、僕にとってなくてはならない人だって」 「…………」 「僕が愛してるのはソフィーだけ。君がいなかったら僕は生きてけないよ」 「…………」 「僕はソフィーがいるから存在出来ているんだ」 「…………」 ずっと黙っていたソフィーの頬が赤く染まってくる。 その頬をすっと撫でて、ハウルは軽くついばむように唇を触れ合わせた。 「だからそんな悲しい事を思っちゃ駄目だよ、ソフィー」 「……う、うん」 「今度そんな事を考えたら本気で怒るからね?」 「わ、分かったわ……」 完全にのぼせ上がってしまったらしいソフィーにハウルは満足そうに微笑んだ。 「さ、帰ろう。みんなが僕らの帰りを待ってるから」 ハウルは地面にちょこんと置かれている箱を指をくいと差し上げて持ち上げると、一つをソフィーの手に持たせもう一つを自分の手に持った。 そして空いている手でぎゅっと彼女の手を握る。 「……ね、ハウル」 ソフィーがハウルの手を握りしめて来た。 「ありがと、ハウル……大好きよ」 はにかむような微笑みに、先ほどまでの暗い影はない。 ハウルはほっと胸を撫で下ろした。 (―――何の取り柄もないけど、でもこの人が必要としてくれてるなら、あたしは頑張らなきゃ。落ち込んでる暇は、ないよね) そう考えると気持ちがとても楽になってくる。 (レティーから貰ったクッキーは、食後のおやつに出してあげよう) そして今度は皆とレティーの事を話そう。 二人は夕暮れの街を並んで歩き出した。 END |
3作目のこの作品はちょっとお勉強(?)してから書いてみたので、だいぶ矛盾点はなくなったんではないかと思います。題名のコンプレックスというのはソフィーが感じてるものですね。90歳のソフィーは「老婆だから」と割と開き直ってたのですが、18歳のソフィーは多感なお年頃…という感じがあります。ハウルと出会って変わったとはいえど、元々感じているものまでもがいきなり全部なくなって前向きになる……という事はないかなと思い、書いてみました。ハウルが妙に脳天気なのが気になりますが……まぁ日常の彼はこんなもんではないでしょうか。お引っ越しの時の彼が今回の作品のイメージとなりました。 |