小さな魔法使い

その1







「うわ〜〜〜〜〜!!!」

のんびりとお茶を楽しんでいたソフィーとカルシファーはぎょっと顔を見合わせた。

「……今のって」

「…ハウルの声…だよな?」

一体今度は何だというのだろう?

今日も掃除はしたものの、ハウルの部屋の一角に揃えられた魔法グッズのあたりは埃をはらうだけでいじらなかったし、風呂場の棚のまじないもいじってない。

―――とぱたぱた走ってくる音がする。

「……足音が軽いな」

カルシファーがそんなことを呟いた瞬間。








「ソフィー!!! どっどうしよう、見てよこの姿!!」

ばたーんと扉が開き、ハウルが入って来た。

―――と思ったのだが、そこに立っているのは小さな子供。

黒髪を肩で切りそろえた5、6歳くらいの男の子がすっぱだかで立っている。

「ねぇソフィーったら!!」

―――叫んでいるのはその子供だ。

「……ねぇ、カルシファー」

「……ん?」

ソフィーは思わず目の前の子供を指さした。

「この子供って……ハウル?」

「うーん…確かにおいらと出会った時のハウルの面影はあるけど……」

「信じてないの!? 本当に僕だよ、ハウルだってば!!」

小さい子供特有のキンキンした声で叫ばれてカルシファーが耳を塞ぐ。

―――確かにこの癇癪のおこし方はハウルね。

そんなことを思いつつ、ソフィーは小さくなったハウルに近づいた。

「……とにかく何か着ましょう? このままじゃ風邪ひいちゃうわよ」

「で、でも……っくしゅっ」

言っているそばからくしゃみをしているハウルに苦笑を漏らし、ソフィーはおばあさんがいつも使っている膝掛けをとりあげるとそれでハウルの身体を包み込んだ。

「マルクルの服が合うかもしれないわ、ちょっと待っててね」

そう言い残してソフィーはマルクルの部屋のほうへと歩いていく。

見送っていたハウルはカルシファーのほうへと近づいた。

小さくなってしまったハウルの視点と、暖炉にくべられた薪の上に乗っかっているカルシファーの視点とがちょうど同じくらい。

じーっとカルシファーはハウルの青い瞳を見据えた。

「……一体何をやらかしたんだよ、ハウル」

ハウルは落ち着きなく視線を彷徨わせてからぼそっと呟いた。

「…実験に失敗した」

「何の」

「……ソフィーが肌が荒れるとか色々気にしてるみたいだからさ。新陳代謝を促す薬を作ってみようと思って、色々と試してたら……」

「…若返りすぎたってことか………」

がっくりと項垂れているカルシファーをハウルは睨み付ける。

大人のハウルがやる事なら萎縮してしまうこの行動も、子供のハウルだと可愛らしさを増すばかり。

笑い出しそうになるのをこらえていると、ハウルは口を尖らせた。

「…なんだよぉ」

「いーや、ハウルと分離しておいて良かった、って思ってさ」

「…悪かったね」

拗ねてしまったのかハウルは膝掛けにくるまったままそっぽを向いてしまった。

すっかりムクれてしまったハウルを宥めようかどうしようか、とカルシファーが悩んでいた時。

「これなら合うんじゃないかしら」

ソフィーが服をもって現れた。

「はい、ハウル。自分で着てちょうだいね」

手渡されてハウルは素直に「うん」と頷いてもそもそと袖を通し始めた。

思った通りマルクルの服がいいくらいだ。

指が小さくまるっこくなったせいかボタンがなかなかはめられず、いらいらしているらしいハウルを見てソフィーは思わず吹きだしてしまった。

「……かわいい」

「性格も子供に戻ってれば言うことないんだけどなぁ」

「あああ、もうっ!! 子供の身体ってやだ!! ソフィー、やって」

結局はめられず癇癪をおこしたハウルがソフィーの前にやってきた。

「はいはい」

しゃがみ込んでハウルの服のボタンをはめ始める。

「でもどうやったら元に戻るのかしら」

「一番手っ取り早いのは乙女のキスだぞ。ハウルはソフィーにべた惚れなんだし、一発で元に戻るさ」

ハウルがぱあっと顔をほころばせた。

「それだ! すぐにやってよ、ソフィー!!」

確かにカブを元に戻したこともある解呪の方法だが――――。

「……なんか安売りっぽくない?」

お手軽なものと勘違いされるのはかなり不本意だ。

ソフィーとて年頃の女の子であるから、キスにはそれなりの夢も願望も待っている。

「そんなことないよ。ね、ね?」

ハウルのほうはもうすっかりその気で目を閉じてたりするのがまたしゃくに障る。

「……今は駄目」

思わずソフィーはそんなことを言ってしまっていた。

「ええ〜〜!」

「暫く小さいままでいて。今すぐにハウルの力を必要とすることもないだろうし、応対はいつもあたしかマルクルがやってるからハウルは関係ないでしょ」

「なんで!? この身体じゃうまく魔法を使えないんだって〜〜! お願い、すぐ戻してよ」

「だーめ」

「そふぃ〜〜〜!!!」

半泣きでハウルがじたじたと足を踏みならすのを完全に無視して、ソフィーは片づけものを始めてしまった。

「やってくんなきゃ泣くぞ!!」

「どうぞ、好きなだけ泣いていいわよ」

「…っ、し、城のお引っ越しとか、その他諸々は全部僕がやってたじゃないか!!」

「城を動かしてるのはカルシファーだし、とりあえずはお引っ越しの予定もないから大丈夫よ」

「………」

ソフィーは風呂場の方の片づけに向かうために部屋を出て行ってしまった。

後に残されるのは、茫然と立ちつくす小さいハウルと暖炉の上にいるカルシファーのみ。

「………まぁ、暫くは小さい身体を満喫するのも、いいんじゃないか?」

そう言ったカルシファーはきっとハウルに涙目で睨まれて、薪の下に小さくなって潜り込んでしまった。









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