小さな魔法使い

その4





ぱぁっと光が溢れ、閉じた瞼を通してまぶしさが伝わってくる。

「きゃ……」

あまりに強い光にソフィーは目を覆った。








静寂。

そして―――。

「……あ…」

ハウルの声が聞こえた。

高い子供の声ではなく聞き慣れた低い男性の声。

「元に戻ったのね……」

言いかけて目を開けたソフィーはまた慌てて目を閉じた。

(そうだった!! マルクルの服を着せてたんだから元に戻ったら当然………!!)

何とか見ずにすんだ事でホッとしたソフィーだったが。

「有り難うソフィー! 元に戻ったよ、良かった―――っ!!」

いきなりハウルが抱きついて来た事で悲鳴をあげた。

「きゃあああ、ハウルっ……!!」

その勢いに押されてそのまま押し倒されてしまう―――が、後頭部を打つのだけはハウルがとっさにソフィーの体を支えてくれた為免れた。

「ソフィー…」

耳元でハウルの声が聞こえておそるおそる目を開ける。

すぐ近く、唇が触れそうなくらいすぐ間近で、ハウルがソフィーを見つめている。

「……あ、あの…ハウル……」

「なに?」

「先に……何か服を着てくれる……?」

元に戻れば当然今着ていた服がそれに耐えられる筈もない。

よって今のハウルは何も着ていない状態である。

―――布地を通して彼の体温が伝わってくるようで、ソフィーは全く身動き出来なかった。

今はマルクルもおばあさんも外に出ているが、もうちょっとしたら帰ってくる。

この場面を見られたら何と思うか(服を着ていればじゃれているだけ、で何とかマルクルを丸め込む事も出来るが、片方が全裸であるとその言い訳はかなり苦しい)。

「こんな場面、みんなに見られたらどうするのよ……」

「僕は別にいいけど?」

「あたしが良くないわよ! マルクルの教育に良くないでしょう!!」

とは言ってみるものの、このくらいの反抗でハウルが手放してくれる筈もない。

―――ハウルがにっこりと微笑んだのを見て、ソフィーは冷や汗を流した。

「―――ねぇソフィー」

「……何よ」

「どうしてなかなか僕にキスしてくれなかったのかな? 今までキスした事がなかった訳でもないのに。何で?」

―――戻すんじゃなかった!

ソフィーは激しく後悔をしていた―――だが今更悩んでも後の祭り。

「それは……」

「ねぇ、どうして?」

「……………」

「……教えてくれないんだ?」

にやり、とハウルが笑みを浮かべる。

(あ、まずい)

今の微笑みはとてもまずい。

「そう。そういう態度をとるんなら僕にも考えがあるよ?」

「ちょ、ちょっと待って! 話す、話すからっ!」

仕方なく、ソフィーは「キスをするのは構わないんだけど何となく安売りのようで嫌だった、やっぱりキスはロマンティックなムードでしたいもの」などと言い訳を並べ立てた。

それをじっと聞いていたハウルだったが――――。

「それならそうと言ってくれればいいのに……最高の演出をしてあげるよ?」

ハウルの微笑みの質は変わっていなくて、ソフィーはははは…と乾いた笑いを漏らすしか出来なかった。

―――今のソフィーの頭のなかには「今の姿を見られたらどうしよう」という事しかない。

体重が全部かからないように気を遣ってくれてはいるが、完全に押し倒されてソフィーの方からは(色んな意味で)動けないのだ。

(その話はいいから、お願いだから早く服を着てぇぇぇ〜〜!!)

そんなソフィーの気持ちをハウルは分かっているのかいないのか。

よりソフィーに顔を近づけてくる。

彼の素肌の感触が指に触れてソフィーの頬が赤くなった。

「―――ロマンティックなキスが欲しいなら、いつでもしてあげる……今日はそれだけじゃすまさないけどね。ソフィーには随分といじめられたし」

「ハ、ハウルっ……ちょっと待って……」



―――闇の精霊を呼び出されてもキスはしてあげるんじゃなかった、とソフィーが大後悔をしたのは言うまでもない。













「ソフィー、おなかすいた〜〜〜!!」

太陽がてっぺんにさしかかる頃、外で遊ぶのに飽きたらしいマルクルがヒンと共にリビングに飛び込んできた。

「あっ! おっ、おかえりっ!!」

ソフィーが床にぺたんと座り込んでわたわたと服を直している。

「……どうしたの、ソフィー?」

ソフィーの頬は真っ赤で、目も潤んでいる―――熱でもあるんだろうか??

「具合悪いの? 熱がある?」

「な、何でもないのっ! ごめんね、これからご飯作るからっ!」

慌てたように立ち上がったソフィーは、よほど気が急いていたのかごん! と椅子を蹴飛ばして大きな音をたててしまった。

「ソフィー?」

「大丈夫っ! 大丈夫だからねっ!!」

そんな事を言いつつ、よろよろとソフィーは台所の方へと歩いていく。

さっぱり訳が分からないマルクルは暖炉の方へと近寄ってカルシファーを覗き込んだ。

「ねぇカルシファー。ソフィー、どうしたの?」

「……さ、さぁねぇ……」

何となくカルシファーもいつもより赤い気がする。

首を傾げていたマルクルは、気配に気がついて振り返った。

「ハウルさん!」

元の姿に戻ったハウルが足取りも軽くリビングに入ってくる。

「ハウルさん、元に戻ったんですね!」

「うん。心配かけたね、マルクル」

お師匠様なら何か知っているかも―――そう思い至って、マルクルはハウルを見上げた。

「あの、ソフィーの具合が良くないんですか? 顔が赤かったし元気ないし……」

ハウルがちらりと台所の方へと視線を向ける。

「大丈夫だよ。でも……今はあまり無理はさせない方がいいかもしれないね」

含み笑いをしているハウルをマルクルは不思議そうに見つめた。

「ハウルさん?」

―――と、ハウルは優しくマルクルの頭を撫でる。

「僕がソフィーの手伝いをしてくるから、マルクルは向こうで待っておいで」

そのまま台所へと向かっていくハウルをマルクルは呆然と見送った。

「ハウルさんが優しい……」

ハウルがマルクルを撫でるなど滅多にある事ではない。

それこそ相当機嫌が良い時とかでもない限り。

「元に戻れたから嬉しいのかな? ……どう思う、ヒン?」

全ての事情を悟ったヒンは、マルクルの無邪気な問いかけにただ「ヒン!」と答えを返すだけ。

また全ての事情を知るカルシファーも、今ばかりは黙り込んだままだった。








END

えーと、結構暴走した作品になりましたが、小さいハウルは書いてて楽しゅうございました。我が侭度もパワーアップしてより暴走気味というか。最後のオチは最初から決まってたのでこうなりましたが、シリアスででも一度小さいハウルは書いてみたいところですが……ギャグにしかならないかな(^^;
ギャグはノリが大切だとつくづく思う今日この頃です。




BACK                  HOME