会いたくて
その1
30000HIT キリ番作品
―――――千尋。 ハクは千尋の家の窓を見上げ、そのままじっと立っていた。 月が、ハクの影を道路に映し出す。 ハクの視線の向こうにある窓は、まだ明るい。 ――――明後日、テストなの。 ――――やだなぁ。今回のテストでいい点とらないと、おかあさんに怒られちゃう。 そうぼやいた千尋に「それじゃ明日はきちんとテスト勉強しないとね」と勧めたのは他ならぬハク自身だった。 その勧めに従って、千尋は今日ハクの元に来なかった。 おそらく学校から帰ってずっとテスト勉強をしているんだろう。 ハクから言われた通りに。 きっと、呼べば千尋はすぐに出てくるだろう。 口実など、少し考えればすぐに思いつく。 けど。 ハクはただじっと窓を見上げていた。 ――――――淋しい 今自分が感じている感情を言葉にしてみて、ハクは自分で驚いていた。 「‥‥さみしい?」 今までそんな事など一度も感じた事がなかったのに。 千尋に逢いたい。 逢いたい。 遠くから誰かが近づく気配がする。 この気配は感じた事がある。 きっと、千尋の父親だ。 ハクは息をつくと、その身を竜に変化させた。 宙に舞い上がる。 「‥‥お?」 お土産らしきものをぶら下げて歩いていた父親は、ふと空を見上げた。 「‥‥雲‥か?」 星でもない、月の光でもない、白いものが見えたような気がしたのだ。 しかし。 もう一度空を見上げてもそこには夜の空が広がっているばかりだった。 空を駈ける。 風のごとく、空を舞い、巡る。 人の姿でなく竜の姿でいる時が、昔まだ「神」と呼ばれていた時に戻れるような気がする。 ハクは、突然下に向かって突っ切り始めた。 そのまま、近くに流れていた川に突っ込む。 何事かとあわてふためく魚たちをかき分けるようにして泳ぎ、川べりへと流れ着く。 川からあがってきたハクは――――人の姿をしていた。 全身ずぶぬれになって、髪から滴をしたたらせながら。 コハク川とともに生きた頃 湯屋にいた頃 ハクはずっと一人だった。 自由だった。 一人でいる事に何の疑問も持たず、何の感情も抱いていなかった。 誰かがそばにいるほうが煩わしかった。 けど 千尋と出会って、ハクは初めて「淋しい」という感情を覚えた。 風よりも早く飛ぶ事も出来ず 水に戻る事も出来ず 空気と一体になる事も、もう出来ない 「―――――千尋‥‥‥」 思い出すのは愛しい少女の事ばかり。 この想いを抱いている限り、もう神にもなれない。 ふと、気がつけば夜が明けていた。 太陽が天近くまで昇り、小鳥たちがハクを心配そうに遠巻きに見つめている。 眠っていたのか それとも意識を失っていたのか ―――――頭が痛い 戻ろう。 あの森へ。 あそこしか、この世界でハクを受け入れてくれるところはないのだから。 |