かわいい悪魔









「あ、ハク。そのまま動かないでね?」

「え?」

千尋がつつつ‥‥とよってきたかと思うと、ハクの周りをウロウロと歩き回る。

全身を眺め回すような千尋の動きに、ハクは居心地悪そうに身じろぎした。

「‥‥なに? 千尋‥‥」

「あ、もうちょっとだから」

何度も何度もウロウロと眺める千尋の行動がさっぱり理解出来ず、それでもハクはただ黙って立っているしか出来なかった。


「うん、いいよ。ありがとっ」

そう言われてやっとホッと息をつく。

「あ、それと‥‥」

と付け足されて、まだ何かあるのかとハクは不審げに千尋を見つめた。

「まだ‥‥何か?」

「あのねぇ」

千尋はにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「竜になってくれない??」







「‥‥は?」

「だぁかぁらぁ。竜になってほしいなぁって」

「‥‥‥どうして?」

ハクが竜になるというのは油屋のなかでもごくわずかな者しか知らない。

湯婆婆と坊と千尋と。

たぶんそのくらいしか知らないはずだ。

それはおいといて。

いったいなぜ。

「いいじゃない。ちょっとだけ。ね?」

お願い、とかわいく首を傾げてお願いされるとイヤとはいえない。

ハクが千尋にベタ惚れなのは自他ともに認めることであるから。

「‥‥‥いいけど‥‥でもここじゃ駄目だよ」

ここで変身したら周りがびっくりするから。

ハクはそう言って自分の部屋へと千尋を誘った。

あそこならばまず人が入ってくることはない。





部屋のふすまをぴしゃりとしめて、ハクは千尋に向き直った。

すでに千尋の目はきらきら輝いていて「はやく」「はやく」とハクを促している。

その視線に不審なものを感じつつ、ハクは竜へと変化した。




「きゃぁっ、やっぱしろーい!!」

なんて言いつつ、千尋はハクに飛びついてぺたぺたと鱗にさわっている。

と思ったら胴体に腕を回して抱きついてみたり。

うねうねと動くひげを引っ張られた時にはさすがにハクは顔をしかめた。

「あ、ごめん。痛かった?」

と言いつつも千尋はハクの体を調べるのに余念がない。




「ねぇ、逆鱗ってのはハクにもあるの?」

ようやく解放されて人間の姿に戻ったハクは、千尋に問われて「ああ」と声を漏らした。

「あるよ。首の下のあたりに、一枚だけ鱗の流れと違う向きについている鱗があるんだけど、そこだよ」

「ふうん‥‥そこに触ると怒るってのもそうなの?」

「うん」

「なるほど‥‥」

千尋はメモを取り出すと今ハクが言ったことを書き留め始めた。

「‥‥‥千尋?」

「んーちょっと待って‥‥今の書き留めておくから‥‥」

ハクは千尋の隣に回り込んでそのメモをのぞき込んだ。






そこには竜の生態について、という但し書きがしてあった。


「千尋‥‥‥もしかして、私のことを学校の宿題に提出するつもりじゃないだろうね?」

「あ、わかった? だって、動物の生態について調べにいく暇ないんだもんー」

「動物って‥‥あの‥‥千尋‥‥‥」

「あ、よければ、一枚鱗ほしいな! 一緒に提出するから!」



ちょっと、いやかなり自分の存在について疑問を抱いてしまうハクであった。