いとしいあなたへ
その1

4444HIT キリ番作品





もうすぐ、千尋が帰ってくる時間だ。

ハクは身を起こした。

ストンと木から音もなく降り、千尋が歩いてくるであろう場所まで歩いていく。

それが日課だった。

元々木々や自然界の精気を貰えば何も食べなくても生きていけるし、人間に混じって暮らすにはまだ慣れていない。

何もする事ない日も多かったが、ずっと油屋で忙しく働きづめだった彼にはちょうどいい骨休みにもなっていた。

木の葉を踏みしめながら歩いていたハクは、ふと人の気配を感じて身を隠した。



千尋がてくてくと歩いてくるのが見える。

が、今日は一人ではないらしい。

隣には千尋と同い年くらいと見える男の子がいた。

「もうここでいいよ、ありがとっ」

千尋が親しげに手を振ると、男の子のほうも手を振り返す。

「気にすんなよ。じゃあ気をつけてなっ。彼氏によろしくっ!」

とたんに千尋は真っ赤になった。

「んも――――、からかうのはやめてって言ってるでしょー!!」

「ははははっ! 今度紹介しろよなー!」

走って去っていく男の子を千尋はじっと見送っている。

ハクが後ろに立っても気がつかないほどに、じっと見送っている千尋の姿に――――ハクはちくりと胸の痛みを覚えた。

「‥‥千尋‥‥‥」

ハクが話しかけると、千尋は「きゃっ」と声をあげて振り返った。

「あーびっくりした、ハク‥‥‥迎えに来てくれたの?」

「うん‥‥今の人は?」

「あ、見てたの? 同じクラスの子だよ。原田くんって言うの。この近くに住んでるからってここまで送ってくれるんだ」

「‥‥そう」

ハクはふいっときびすを返した。

「あ、ねぇハク? どしたの? ねぇってばー」

千尋が慌てたように後ろをついてくる。

今のハクに、千尋を振り返る事は、出来なかった。





「ねぇ、ハク」

ずっと黙り込んだままのハクに呼びかけるが、ハクは何か考え込んでいるようで、答えない。

千尋は木の根元に座り込んだままのハクの目の前に回り込んだ。

「ハク!」

そのとたん、ハクは目をぱちぱちと瞬かせた。

「あ、ああ‥‥千尋。なに?」

千尋はずずぃ、とハクに詰め寄った。

「‥‥な、なに?」

千尋の顔がアップに映し出されて、ハクは少し赤くなって後ろに後ずさる。

「何、考えてるの? さっきからおかしいよ、ハク」

「そんな事はないよ」

「うそだ。さっきから私の事見ようとしてないし」

結構鋭いところを突かれ、ハクは苦笑した。

「私だって色々考える事はあるよ」

「‥‥それだけじゃないって気がする」

千尋はずずぃっと再びハクに詰め寄った。

千尋の息づかいが手にとるように分かるまで近寄られ、ハクは少なからず狼狽していた。

「‥‥千尋‥‥‥その、それ以上近づくのはちょっと‥‥」

「あ、ゴメン」

千尋はハクから離れると、隣に腰を下ろした。

「こうしてると気持ちいいよねぇ。‥‥私もここに泊まっていい?」

「え‥‥ダメだよ。ご両親が心配するよ?」

「ヘーキヘーキ。お母さんはそういうトコ結構物わかりいいの。ほら‥‥ハク、家まで送ってくれた時に挨拶したでしょ? あれでお母さんハクの大ファンになっちゃって‥‥家につれてこいってうるさいんだよ?」

楽しそうに家の話をする千尋を見ているうち、ハクは心の中のわだかまりが解けていくのを感じていた。

「‥‥ハク? あたし‥‥何か変な事言った?」

ハクの表情が和らいだのに気がつき、千尋は不思議そうにハクを見上げた。

「ううん、何にも」

ハクは千尋の髪を撫でて、にっこり笑いかけた。

「???」

とりあえずハクの機嫌がなおった事に千尋は安堵し、そのまま色々と話を続けたのだった。







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