いとしいあなたへ
その2

4444HIT キリ番作品





それから少しして夏休みに入り。

千尋は毎日のようにハクの元を訪れていた。

ハクのほうが大丈夫かと心配するほど通い詰める千尋に、「大丈夫大丈夫!」と明るく返す。

どうやら宿題も持ってきているらしく、ハクが千尋の為に魚を釣ってたりする時に木の切り株を机代わりにして難しい顔をして唸っている千尋が見られたりする。

そんな時ハクが上からのぞき込んで、色々と千尋にアドバイスをしてあげたりするのが日課となり始めていた。


そんなある日。


「ごめんっ! 明日は来られそうにないの」

千尋はハクの前で手を合わせて拝み倒していた。

「いや、私はかまわないけど‥‥用事?」

ハクの何気ない言葉に千尋はちょっと焦りの色を浮かべた。

「う、うん‥‥そう。用事」

千尋の声色に何か不審なものを感じたハクが、眉をひそめる。

「あ、あ、明後日には来るからっ。ねっ。そんな変な事はしないよぉ」

手をばたばたと振るのがよけいに怪しい。

ハクの表情が厳しくなる。

「‥‥ホントだってばぁ‥‥」

捨てられた子犬のように千尋が呟くと、ハクは大きく息をついた。

「―――何を考えているのか知らないけど‥‥それに私も行くよ。千尋一人で行動するのは危ない」

「だっ、だめよダメダメ!!」

千尋が大きく否定した事で、ハクの不審と不安は極致に達した。

ハクの表情が強ばったのに気づいて、千尋は慌てて今度は今の行動を否定し始めた。

「いや、そうじゃないのっ。その、ハクに来て貰ったら困る訳じゃなくて‥‥その」

ふいっとハクがきびすを返す。

「あ、待って、違うの、違うんだってばっ!」

「‥‥もう、いい。明日は来なくていいから」

そのまま歩いていくハクに、千尋は駆け寄った。

「あ、あのっ、やっぱ、やっぱりっ、き、来て、いいからっ!!」

その言葉にもハクは歩みを止めない。

「ハク!!」

最後の手段とばかりに、千尋はハクの背中に飛びついた。

後ろからぎゅぅっと抱きしめると、さすがにハクも歩みを止めた。

「‥‥ホントはね、きちんと確認してからハクをびっくりさせたかったんだけど‥‥誤解されるのはもっとヤだから。来て」

ハクは自分の胸に回された千尋の手に自分の手を重ねた。

背中から千尋のぬくもりが感じられる。

そのぬくもりを感じて、それ以上千尋を拒絶する事は出来ない。

「わかった‥‥明日の朝、森の入り口で待ってるから」

ハクのその言葉を聞いて、千尋がホッと安堵の息をもらす。

「‥うん‥‥待ってるから」

千尋はそう呟くとぎゅっとハクを抱きしめた。

いつもと違う千尋の様子に、ハクは胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。





次の日。

ハクは森の入り口で待っていた。

「‥‥?」

一人の男の子が歩いてくる。

その少年に、ハクは見覚えがあった。

――――確か、原田‥‥とかいう‥‥。



千尋の様子がおかしかったのはこいつと一緒に行く為だったのか。


ハクはきゅっと拳を握りしめる。

訳のわからない激情が、ハクを支配し始めていた。






「‥‥あーと、もしかして、荻野のボーイフレンドって、あんた?」

向こうのほうから話しかけて来、ハクは無視する訳にもいかなくなってぺこりと頭をさげた。

「やっぱり。オレ、荻野のクラスメートで原田ってんだ。原田淳二」

手を差し出され、その手を握りしめる。

「私は‥‥‥」

「ハクだろ? 荻野がいっつも嬉しそうに話してくれるからよく知ってるよ。とっても綺麗なんだけど強くて頼りがいがあるんだって」

あれだけ嬉しそうに惚気られたら、こっちも応援したくなるよなぁ。

彼はそう笑ってハクの肩を叩いた。

「しっかし、ホントに線細いよなぁ。こんな体の何処にそんな強さがあるんだか」

「遅れてごめーん!!」

その時、元気な声が響いた。

千尋がばたばたと走ってくる。

「あ、原田くんっ。ハクもついてたのね。待った?」

淳二がにかっと笑い、千尋をこづく真似をする。

「おそいぞ荻野〜〜〜! 昼飯おごれよ!」

「うっそー、あたし今月大ピンチなんだからダメだよっ」

「だーめ。ハクの分もちゃんとおごれよ。二人でかなり待ったんだからな」

首に腕を回され、ハクは驚いた顔で淳二を見つめた。

「ぃや、あの私は‥‥‥」

「ちぇ‥‥‥ハクまで味方に巻き込んだんなら私に勝ち目はないじゃないのー」

勝った、とばかりに満面の笑みでハクに合図をしてくる淳二に、ハクは曖昧に笑った。


この二人に流れる親しげな雰囲気は、自分にはとても作れない。

長い間一緒にいた者が作り出す雰囲気。

いくら大切な思い出を共有していても、ともにいる時間があまりにも短すぎた自分には出来ない。

何となく、寂しい気分にとらわれて――――ハクは曖昧に微笑むしか出来なかった。






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