いとしいあなたへ
その3

4444HIT キリ番作品





電車に揺られ、三人でどんどん街を離れていく。

窓の外を流れる風景を、ハクはただ黙って見つめていた。

そのハクの横顔を千尋が見ている。

淳二は二人のどちらにも話しかけられず、押し黙ったまま。

三人の微妙な沈黙を乗せて、電車は走る。


そしてついたところは―――――。





「‥‥ここ‥は―――――」

駅に降り立ったとたん、ハクは自分の体がこの場所を覚えている事に気がついた。

後から降りてくる千尋に振り返り、ハクは驚きを隠せない。

「‥‥千尋‥‥‥ここは‥」

「覚えてる? 私が、昔住んでいた町。‥‥‥コハク川があった町。‥‥私たちが最初に出会った町だよ」







コハク川は今はもうない。

マンションを建てる為に埋め立てられてしまった。

だから今は昔コハク川がここにあったというのを示すパネルと、わずかに残された湖しかない。

「原田くんのお父さんは‥‥その、コハク川の埋め立てに関係してたの。だから‥‥今のコハク川がどうなってるのかっていうのを、色々と調べてくれたのよ。‥‥私、ハクをつれてきてあげたかったの」

ハクはじっと淳二を見つめた。

――――自分の半身を奪った人間の血をひく者。

失ってすぐの時は、人間への憎悪しかなかった。

力を手にいれて、人間に復讐する事しか考えてなかった。

しかし、いざ対面しても――――そんな感情は何処にも浮かんで来なかった。

不思議なほどに平静で、心の中は穏やかだった。

「荻野があんまりにもしつこいからさ‥‥でも合点がいった。あんた、川に関係してんだろ? でなきゃコイツがこんなに興味もつ訳ねぇもんな」

失礼ね! と憤慨する千尋を一瞥し、淳二はにこやかに笑った。

ハクは淳二を見つめ、いつの間にか言葉を紡いでいた。

「―――――ありがとう」

すんなりと、そんな言葉が口から出た。

やっと戻ってこれた。

懐かしい場所に――――――




「ハク、行って来て。私、ここで待ってるから」

千尋がハクの背中を押す。

「まだ湖はわずかに残ってるの。それだけでも、違うと思うから」

人工的に残されたものだとしても、きっと川の思いは残ってるから。

それに触れて来て。

千尋の言葉に、ハクは思わず千尋を引き寄せて抱きしめていた。

「ありがとう、千尋‥‥‥!」

ハクはすっと千尋から離れると、湖に近づいていった。


手をすっと差し上げる―――――



その姿が見る間に光に包まれ、竜へと変化していく。


そのままハクは、宙を舞い――――池の中へと身を躍らせた。






「い、い、い、今の‥‥っ‥‥!!」

淳二は今目の前で見たものが信じられないようで、口をぱくぱくさせている。

千尋は高鳴る胸を押さえるように手を胸の前で組み、潤んだ瞳で湖を見つめた。

「‥‥さ、ハクが帰ってくるまで、私たちはここで待ってよ?」

「ハクって‥‥ハクって‥‥!?」

目を白黒させている淳二を振り返り、千尋は悪戯っぽく笑った。

「知らなかった? ハクはねぇ‥‥私の大切な竜なんだよ」








BACK        NEXT