嵐の前の静けさ
その2

89000HIT キリ番作品








千尋が心配していたほど、ルゥは口べたではなかった。

かなり日本語を練習したらしく、時々ぽろっと英語が出てくるくらいで、千尋と日常会話を話す分には全く支障ない。

そしてデート、という名目ではあったものの、どちらかといえばこの湯屋の周りの観光案内みたいな感じで。

男女の会話、みたいなものもなく、ごく普通のこの土地についての話などなど。

だからすっかり千尋は安心しきっていた。

「セン」

そう呼びかけられてつい無防備に「はいっ?」と振り返ってしまったのも、安心していたから。

振り返ってすぐ近くにルゥがいるのに気がついて、千尋は思わずぎょっと後ずさった。

「なな、なんでしょう?」

「セン、クリスマスはこちらにいる?」

「え? クリスマス‥‥‥ですか?」

「うん。こちらに、いる? それとも、向こうにいる?」

「え、その‥‥」

まだ決めてはいない。

本音を言えばハクと過ごしたいが、ハクは仕事で忙しい為にイヴの夜を一緒に‥‥なんて事は無理だろう。

もしかしたら一緒に仕事をしている‥‥なんて事になりそうだ。

「決めては‥‥いないんですけど」

隠すのもなんだと思い正直にそう答えると、ルゥはにこっと微笑んだ。

「日本の人間は、クリスマスの夜は恋人と過ごすものと決めているようだけども、センもそうなのか?」

ぶっ。

ハクの事を指しているのだと気がついて、千尋はかぁぁっと赤くなった。

「そ、そ、そういう訳じゃっ‥‥!! ハ、ハクは仕事で忙しいしっ‥‥」

「そう? じゃあ家族と過ごすの?」

‥‥‥それもなんだか。

無神論者の父母がクリスマスの祝いをするとも思えない。

せいぜいケーキを食べるくらいなものだろう。

それではあまりにも味気ない。

「家族もちょっと‥‥」

「じゃあ1人?」

ぐさ。

そうハッキリと言われるとちょっと辛い。

「ひ、1人かなぁ?」

「セン、友達多そうに見えるけど」

「友達はみんなこういう日は彼氏と一緒なんですよ」

「カレシ?」

「あー、えぇと‥‥ボーイフレンドの事です」

ああ、とルゥは納得したようにうんうんと頷くと、何か思いついたようににこっと微笑んで千尋の視線にまでかがみ込んできた。

「良ければ、私が一緒に居ようか?」

「‥‥えっ」

思わず狼狽して、変な声が出た。

「おおおお客様がですかぁ!?」

「変かな?」

「いえっ、ヘンとかそういう問題でなく!」

どうやって切り抜けよう!!



ヒュン‥


風切りの音がして。

ルゥが後ろを振り返った。

「‥‥お客様、ウチの従業員をここまで連れだして、どういうおつもりでしょうか?」

ハクが背後からドス黒いオーラを醸しだして立っている。

今放たれたのはハクが放った魔法らしい。

ルゥの頬が浅く切れて血がにじんでいる。

「ハ、ハ、ハクっ!!」

いくらっ! いくら事情が事情(どんな事情だ)といえど、お客様に傷つけるなんてぇぇっ!!

千尋がそうまくし立てても、ハクはいっこうに聞く様子もなくただルゥを睨み付けている。

「I‥‥私は観光案内をして貰おうと思ったんだ。許可が必要とは知らなかった。謝るよ」

「このような事をされては困ります。以後、お気をつけ下さい」

「I See」

一応の納得の返事を貰った事で、ハクは千尋の手をむんずと掴むとずんずんと歩き出した。

「あ、待ってってばっ‥‥ハク!?」

「戻るぞ。無断で湯屋を抜け出したのがバレたら湯婆婆に怒られる」

「でもっ、お客様がっ‥‥」

「ここまでは迷うようなところもない。すぐに戻れるよ」

抵抗は一切却下で、千尋はあっという間に連れ去られてしまった。


そして。

残されたのはルゥ1人。

ハクと千尋が去っていった方向を見つめ――――ふっ‥と唇を笑みの形にゆがめる。

「神格はそう高くはないものの‥‥力はそれなりにある、か」

太陽神と呼ばれる男は、不可思議な微笑みを浮かべて湯屋の方向を見つめていた。










「‥‥クリスマス?」

「そうだよ〜〜! それ以外にはなーんにもないってばっ!!」

詰め寄ってくるハクの恐ろしさに半泣きになっている千尋から聞き慣れない単語を聞きだし、ハクは首を傾げた。

「クリスマス‥‥とはなんだ?」

「‥‥キリストって人が生まれた日のこと。その日は、一番大切な人と一緒にいたいってみんな思う日なんだよっ」

「大切な人と‥‥?」

「そう‥‥私‥私、ハクと一緒にいたいけど‥‥ハク、お仕事でしょ‥?」

ハクはくすっと笑みを漏らした。

「千尋が望むならば、仕事の都合などいくらでもつけるよ?」

優しく、千尋の髪を指で梳いていく。

「‥‥いいの?」

「私が千尋にしてあげられる事は、千尋が望む時にそばにいてあげる事くらいだからね」

ぱぁっ‥と千尋の表情が輝いた。

「ありがとう、ハク!!」

がばっと抱きついてくる千尋を抱き留めて―――ハクはその耳元に低い声で囁いた。

「‥‥さて、私に内緒で勝手に男についていった罰は、きちんと受けなければね‥‥千尋?」

それとこれとは別だからね?

そうハッキリ言いきったハクに、千尋はさぁぁっと青ざめた。







その日、千尋は女部屋には戻ってこなかったそうである。








END

89000キリ番作品です。「その客・要注意につき」の続きを‥‥という事でルゥ再びです。気のいい兄ちゃんに見えて実は‥‥‥なんですけども、片鱗しか見せられなかった(^^; 太陽神で知性の神なので表裏激しいって事で(爆)。ある意味、咲耶よりもタチ悪そうな‥‥(汗)。




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