ある日の油屋の一日
その3
7777HIT キリ番作品
空いている客間に潜り込み、千尋はぜーはーと息をついていた。 あたりに人の気配はない。 暫くはここで休めるだろう。 「ふう‥‥」 どうしてこうなってしまうのやら。 好かれるのは嬉しいし悪い気はしない。 しかし勤務中はちゃんと働くという契約で千尋はこの油屋にいるのだから、その契約は守りたい。 ただそれだけなのに、どうして坊やカオナシはわかってくれないんだろう‥‥。 溜息をついた千尋は、髪を撫でる感触にぎょっと後ろを振り返った。 「誰!?」 「―――わたしだ、千尋」 声がする。 ――――ハクの声が。 「‥‥ハク?」 しかしハクの姿は見えない。 すぐ近くで声がするのに。 「ハク‥‥どこ? 何処にいるの?」 「私はすぐそこにはいない。とあるものを介して、千尋と話をしている」 とあるもの? と聞き返そうとした千尋は、自分の肩に白い紙切れが乗っているのに気がついた。 ヒト形の紙切れ。 それを千尋は思いだして声を上げた。 「‥‥式神?」 「そう。‥‥私がいない間に、随分と好き勝手してくれているようだな、坊とカオナシは‥‥」 あ、やばい。 千尋は真っ先にそう思った。 ハクの物言いが何か思案しながらのような言い方の時は、たいてい何か報復を考えながら話をしている時だ。 確かに二人に迷惑はかけられているが、ハクにお仕置きして貰うほどではない。 「う、ううん‥‥いい運動にはなってるよ」 式神の紙の手が千尋の頬を撫でる。 「随分と走り回ったんだな‥‥息が切れている」 「日頃たくさん走ってないからよ‥‥もう大丈夫」 何度か深呼吸すると、だいぶ呼吸が楽になる。 「‥‥‥あの二人には、本格的にきっちりと教え込まなければならないな。私の千尋に手を出そうとして」 いつの間にか所有格がついているが、今のハクに逆らうのはいくら千尋でも自殺行為なので黙っていることにする。 「そこで待っておいで、千尋。すぐに終わるから」 「え? すぐに終わるって――――」 そのとたん、油屋のどこかで破壊音が轟いた。 「きゃっ‥!」 もしかして。 今の破壊音て―――!!! 「ハク!? 近くまで帰ってきてるの!?」 式神に向かって叫ぶが、白いヒト形の紙は知らんぷりを決め込んでいる。 「ねえ、ハクってば!! 返事して! ハク!!!」 千尋が叫ぶと、ようやく式神から声が聞こえて来た。 「すぐに迎えに行くから、そこで待ってて」 そうして、式神が千尋の唇に触れる。 「んっ‥」 いきなり唇を塞がれて千尋は黙るしかなく、されるがまま。 やがて唇を離れた式神が千尋の首筋を撫で、千尋は「ひぁっ」と声をあげて首筋を押さえた。 「今度は式神じゃなく、ちゃんと直に触れるから楽しみにしていて」 楽しそうなハクの声に、千尋は顔を真っ赤にしてへたり込んでしまった。 階下での騒ぎが収まった頃。 ぼろっきれのようになったカオナシと坊を後に、ハクはすました顔でずんずんと歩いていた。 こちらを始末するのに力を集中させた為、式神の目はすでにハクに届かなくなっている。 が、最後に式神を通して見た場所はわかっていた。 千尋が隠れている筈の客間の扉をあける。 「――――千尋?」 そこには千尋の姿はなかった。 あるのは、所在なさげに床に落ちている式神だった白い紙と、手紙らしきもの。 それを手にとってひらく――――― ”仕事が残っているので仕事に戻ります。千尋” 千尋らしい可愛らしい字で、それだけが書いてあった。 ハクはそれを懐にしまうと、くすくすと笑い出した。 「そろそろ、本気を出していっても良い頃かな‥‥」 そう呟いて微笑むハクを、たまたま見かけた者の談話。 ――――なんか、すっごく凄まじいオーラを感じましたよ、ええ。なんか近寄よったらタダじゃすまないっていう感じの雰囲気というか‥‥そんな感じです。 千尋の未来が、限りなく波乱に満ちているのだけは確かであった。 後日談。 従業員皆が「千尋を守りきれなかった」という八つ当たり的な理由でハクからひそかに給料カットされた事は、公然の秘密である。 END |
7777キリ番作品です。「超ブラックなハクと千尋の話を」という事で書きました。少しずつ千尋にも魔の手が伸び始めてるような気がしないでもないですが(笑)。割とやる事はやってるのに出番が少なかったですねぇハク様。しかし勝手にお給料カットとかしちゃっていいんでしょうか?(爆) |