記憶の彼方に







私には、記憶がない。
ここに引っ越して来た日から4日ほどの記憶が、すっぽり抜け落ちている。
気がつけば―――トンネルの前にいた。
その間、私と両親が何をしていたのかは―――わからない。
ううん。わからない訳じゃない。
―――記憶の彼方に何かが見える。
今は夢の中だけでしか逢えない、誰か。
夢の中で、私は待っている。
そう。
私は―――ずっと、誰かを待ち続けている。
その人が―――私の前に現れるのを。


そうして、その時から―――4年の歳月が流れた。
神隠しに遭った時には10歳だった私も、14歳になった。




ピピピピピ‥‥‥と音をたてる目覚ましを止めて、私はむっくりと起きあがった。
「‥‥‥‥またかぁ‥」
あの神隠しからこっち、私はよく夢を見るようになった。
夢の中では確かに覚えているあのひと。
夢から覚めれば忘れてしまうあのひと。
顔はわからないけど、こちらを見て微笑んでいるのはわかる。
いつも、言葉もなくただ微笑んで―――私もただそのひとを見つめているだけ。
そこまではいつも見る夢だった。
けど―――ここ数週間は違った。
そのひとが―――話しかけてくるのだ。


――――約束は、守るよ‥‥千尋。




顔はおぼろげでわからない。
でも―――言葉は覚えている。
「‥‥約束‥‥?」
私、何か約束したっけ?
寝ぼけた頭で考えるも―――思い出せない。
―――やめやめ。考えてもわからない事を悶々と考えるのは時間の無駄。
私はベッドから降りて、服を着替え始めた。
服を着終わった私は、机の上においてあった髪留めを使って、髪をポニーテールに結んだ。



神隠しに遭った時に、私がもっていたもの。
何故か―――手放せず、4年間ずっとこの髪留めを使っている。
この髪留めを見ていると―――何故かとても切ない気持ちになる。


あの夢を見た後と同じような―――泣きたくなるくらい、切なくて――優しい気持ちに。