記憶の彼方に






「‥‥‥ん‥‥」
ぱっちりと目をあける。
私―――どうしてたんだっけ?
がばっと起きあがると‥‥私は道の脇の葉っぱの上に、倒れていた。
夢?
あれは―――ぜんぶ夢だったの?
「‥‥ハク‥‥?」
覚えてる。
思い出した。
あの4日間、何があったのか。
ハクとも再会した―――はずなのに。
ハクの姿はどこにもない。
夢だったのかな。
だとしたら―――もの凄く、私、マヌケだ。
思い出さないままだったら、まだラクだったのに。
「ハク‥‥どこ? どこなの‥‥?」
小声で呼ぶも、返事はない。


夢―――だったの?
逢えたと思ったことも。
ひどい。
こんなのって、ひどい――――
さっきは堪えていた涙がぽろっと落ちる―――



「千尋」
その声に私ははっと顔を上げた。
ハクが、ちょっと息を切らして立っている。
「ごめん‥‥千尋がのどが渇いているのではないかと思って」
起きたら冷たい水を飲ませてあげようと思って探していたら、遅くなってしまった。
そう理由を述べるハクを、私は呆然と見つめていた。



「‥‥千尋?」
心配そうなハクの声に、また涙が落ちる。
「千尋‥‥どうしたんだ‥‥何故、泣いている?」
水を入れてきたらしい竹の筒をおいて、ハクが私の肩を抱きよせる。
「ハク‥‥いなく‥なっちゃったかと思った‥‥びっくり‥‥しちゃった‥‥」
後から後から流れ落ちる涙を手の甲で拭い、私はまるで子供のように言葉を発していた。
「千尋‥‥千尋‥‥大丈夫‥‥大丈夫だから‥‥」
ハクは私の背中を撫でて呪文のように何度も「大丈夫」と繰り返す。
「やぁ‥‥やだよぉ‥‥ハクと、離れるの‥‥やだぁ‥‥」
「そなたの元にいる。ずっと、そばにいる。私の名にかけて―――誓う」
ハクに逢ったとたん、私は10歳の時の私に戻ってしまったかのよう。
聞き分けのない子のようにぐずる私を、ハクはずっと抱きしめてくれていた。





ひとしきり泣いたらすっきりした。
たぶん、4年間――――知らず知らずのうちにずっと感じていた淋しさが涙になったのだと思う。
その間、ハクはずっと私のそばにいてくれた。


きっと、呆れたよね。
あれから4年もたって、体だけは大きくなっても中身は全然変わっていないから。


「千尋、のどが渇いているだろう? 水を飲みなさい」
私は竹筒を受け取ると、中の水を一口飲んだ。
冷たい水が、のどを潤していく。


―――初めて、のどがからからで、ひりひり痛んでいる事に気がついた。


「千尋は、ずいぶんと成長したね」
私が落ち着いたからか、ハクはそう話しかけてきた。
「え、う、うん‥‥中身は、全然変わってないけど‥‥からだだけ‥‥。で、でもハクだって‥‥あの時よりも成長してるよ?」
ハクもずいぶんと背がのびた。
あの時、ハクと私はそんなに背丈に違いはなかった。
でも今は、ハクは私よりも頭一つ分は大きい。
服装に変わりはないけど―――でも、あの時よりもずっと大人びて来た。
ハクはああ、と笑って頷いた。

「私の場合は―――少し違うのだけどね。年月がたったから成長した訳ではないよ」
ハクの指が、そっと私の頬を撫でる。
それだけで―――私の体温は2度は上昇する。
さっき抱きついた時は無我夢中で我にかえる暇もなかったけど、今は違う。
ハクを――意識してしまう。

「千尋が変わっていなくて―――私は嬉しかった。優しい心も、一途なところも、ひたむきなところも、何も変わってない」
ハクの言葉が私の耳をくすぐるたびに、体温が上がっていく。

「私の名前も、ちゃんと覚えていてくれた」

さっき泣きすぎたせいで赤くはれ上がった目を、ハクの指がそっと撫でる。

「あの世界の掟で、すべて忘れてしまっていても―――私の事を覚えていてくれた千尋のために、私が出来る事ならば何でもしたい。それで、千尋のそばにいられるのならば―――私は何も惜しくはない。自分の命も、存在も、何もかも‥‥」

「ハク‥‥‥‥」
さっきから続く熱烈なハクの言葉に、私の頭はそろそろオーバーヒート気味。
これでも、私は一応年頃なのよ、ハク、気がついてるっ!?


「千尋――――」

その声で、耳元で、囁かれると―――もうダメだった。


私は、情けないことにその日2度目の気絶を果たしてしまったのだった。






―――――また、逢える。

「!」
がばっと起きる。
―――辺りの状況が全然違う事に一瞬頭がついていかなかった。
「―――私の‥‥部屋!?」
私は、自分の部屋で横になっていたのだった。


「あら、千尋‥‥起きたの? あなたふらふらと戻ってきたかと思ったら、部屋に入るなりどんなに起こしても起きないくらい熟睡してたわよ。ずいぶん疲れてるみたいだし、今日はもう休んだら?」
階下に降りていくと、お母さんにそう諭されて―――私は仕方なくもう一度部屋に戻った。


今度こそ、夢だったのかな。
自分の頬をつねる。
「イタタ‥‥‥」
夢じゃない。
色々としているうち、私はふと枕元においてある竹筒に気がついた。
昼間―――ハクが、私に水を飲ませるために使っていたものだ。
よくよく見ると、そこに手紙のようなものが添えてある。
それをかさかさ‥‥とあけて、私は一気に顔をほころばせた。

そこには丁寧な字で、ただ一文が書いてあった。

『また明日。森で』







END


私なりのその後です。テーマである「いのちの名前」を聴いていて思い浮かんだ作品で、ストーリーの構成的にはそんなに悩まなかったなぁ。終わり方はイマイチどころかイマサンくらいですけど、続き書きたいとおもってます(^^; ただ、千尋がなんかちょっと大人びているような感じもしますが、4年もたってたら多少は大人びるって事で(まて)。釜爺の言葉じゃないですが「愛」ですねぇ‥‥ホントに(笑)。くぅ、羨ましいぞおまえたち!!(笑)