記憶の彼方に
3
「あの、すみません、ありがとうございます――――」 肩のところで切り揃えられた黒髪が、風にそよいでいる。 切れ長の瞳が、私を見つめている。 どことなく浮世離れした雰囲気の少年が私を支えてくれている。 だれ? このひとは、だれ? 知っている 私は、知っている 理性は、記憶は何も知らないと言い張っている でも私の感情は、大声で叫んでる ―――ようやくあえた!! 気がつけば―――私は、そのひとに抱きついていた。 涙がにじんでくる。 自分でもわからないけど 少しでも手を離せば、彼が消えてしまうとでもいわんばかりに―――私は彼の服を握りしめたまま涙をこらえていた。 彼は、ただ黙って私の背中を撫でてくれている。 「――――ようやく逢えた」 私が感じたその感情を、その言葉を、彼が口にする。 私は、涙がこぼれないようにと注意しながらも彼の方に顔を向けた。 顔が近づいてくる。 なに? と思った次の瞬間には、額をこつん‥‥とあてられて。 「千尋‥‥千尋‥‥私の名を、呼んで。あの時のように―――私の名を」 名前? あなたをしっている でも、名前なんかしらない しらない―――はずなのに 私の唇は言葉を紡いでいた。 「――――ハク‥‥琥珀‥主」 頭の中で、光が爆発した 思い出す あの、思い出せなかった風景が、甦ってくる 辛くて 悲しくて でも 楽しくて 嬉しかった あの場所 そして―――最後の約束 ――――きっと、逢える ああ 思い出した ようやく 思い出せた 忘れていたなんて あなたの名前を あなたの存在を 忘れまいと誓ったあなたを忘れていたなんて ううん ただ 思い出せなかっただけ 忘れてなんかなかった 夢に見ない日はなかった 捜さない日はなかった ようやく―――逢えた ――――ハク。 私の いとしい―――――大切なひと。 そこで、私の意識はぷっつりととぎれた。 |