カエリタイ
その1
トンネルを抜けると、そこはもう自分が生まれた世界。 振り返ってみてもあの赤い色は見えない。 ただぽっかりと暗い闇があるばかり。 「千尋! 早くしなさい!!」 母の怒鳴り声で、ようやく振り切るようにトンネルへと背を向ける。 でも それくらいでこの気持ちを振り切れる訳もなかった。 はじめの一ヶ月は、神隠しに遭った一家という事で世間に騒がれた。 警察にも呼ばれた。 近所からも色々と詮索された。 学校でも質問責めにあった。 日々の忙しさにかまけてゆっくりと思い出す事もなく、刻が流れていった。 そして二ヶ月目が来ようとした時 千尋はふっ‥‥と心の中にいつの間にか巣くっていた”穴”に気がついた。 何か、大きなものをなくしてしまったような心地。 「‥‥わたし‥‥」 わたし、ちゃんと生きてるんだろうか? 湯屋にいた時の方が、生きているという実感があった。 確かに怖い事もあったし、決して良いことばかりじゃなかったけど。 こちらの世界の方がどんなにか安らかで、心地よいか比べられないくらいだけど。 でも、わたしは"生きていた"。 わたし、帰ってきちゃ、いけなかったんだ。 あの世界に‥‥留まっているべきだったんだ。 心の中にぽっかりと巣くった穴は、だんだんと望郷の念へと変わる。 年を追う毎に、その想いはどんどんと強くなっていく。 かえりたい。 あの世界に、かえりたい。 体はここに在っても、心はここにない。 ただ望むのはひとつ。 あの世界にわたしを戻してください。 わたしのいるべきところは、ここじゃない。 |