カエリタイ
その2
神隠しに遭ってから、5年の月日が過ぎた。 15歳になった千尋は、高校受験を迫られていた。 夏がくる頃には友人たちは皆受験校も決め、塾に行ったり家庭教師についたりと、それぞれの道を歩み始めていた。 しかし千尋だけは、何もしていなかった。 受験したいとも、したくないとも、全く何も意思表示をしていなかった。 「千尋‥‥あなた、高校くらいは行って貰わないと困るわよ。今のご時世、中卒で働けるようなところなんてないんだから」 「―――分かってるわよ」 母親のいつもの説教に、やる気なさそうに答えを返す。 「分かってないでしょ。この時期になって何もやってないのってあなただけよ。いい高校に行けとは言わないけど、せめてどういうところに行きたいかくらいは決めてくれないと‥‥この前の進路調査票にも何も書かずに提出したんでしょ。お母さん、学校に呼び出されて恥ずかしかったわよ」 「分かってるって! いちいち口だししないでよ!」 それだけ言うと、千尋はどたどたと部屋に駆け上がっていった。 「千尋!」 母親の声にはそれ以上何も返さず、ばたん! と扉を閉める。 そして―――扉にもたれて、はぁと溜息をついた。 かえりたい。 その気持ちは強くなるばかり。 わたしのいる場所はここじゃない。 その気持ちがある以上、高校受験という現実と向き合う事は、今の千尋には出来そうになかった。 ――――かえろう 突然、そんな気持ちが沸き上がった。 今までは「ハクがこちらの世界に戻ってくる」という約束だけを頼りに、ずっと待ち続けていた。 でも、もう耐えられない。 あの世界に戻ろう。 そうしたらハクとも一緒にいられるし、リンさんや銭婆のおばあちゃん、坊‥釜爺さんたち、みんなにも会える。 こんな世界に――――もういたくない。 その夜。 千尋は懐中電灯と僅かな所持品を手に、家を抜け出した。 暗くて分かりづらい獣道のような道を、スタスタと歩いていく。 車でならば5分もかからない場所だが、歩けば30分くらいかかる。 なだらかな坂道を行き切らしつつ歩いて――――千尋は足を止めた。 トンネルだ。 赤い壁。 その上に見える硝子戸。 「湯屋」と書かれた看板。 何もかもがあの時のまま。 ――――変わってない。 「‥‥今、戻るからね」 千尋はそう独り言ち、そのまま迷いなくトンネルへと足を踏み入れた。 |