ガラスのくちづけ
その1

66666HIT キリ番作品









パァン‥‥‥


乾いた音が響く。

「おとうさんっ!!」

千尋は焦ったように父に飛びついた。

「これ以上、うちの娘に近づく事は許さない。二度と来るな!!」

たった今はたかれた頬をかばう事もなく、ハクはただまっすぐに千尋の父――――明夫を見つめる。

「―――私は何もやましい事はしていません」

凛とした声で告げるハクのその態度が、明夫の神経を逆撫でする。

「‥‥!」

もう一度振り上げた腕に、千尋がしがみついた。

「ダメ!! お父さん、ダメよっ!! ハクがそんな事する筈ないじゃない!!」

「千尋も、もうこの男は会うな。お父さんの言う事を聞きなさい、いいね!?」

振り上げたその腕で千尋の腕を掴むと、明夫はそのまま千尋を引きずるようにして家の中に入っていってしまった。

「待って‥‥待ってってばっ!」

千尋が明夫に引きずられて行くのを見送り―――ハクはぎゅっと拳を握りしめた。

そんなハクに追い打ちをかけるように、天から雨が降り注ぐ。

髪から雫が落ちるほどまでになっても、ハクはその場にずっと立ちつくしていた。





どのくらいそうしていたか。

ふっ‥‥と雨が遮られて、ハクは視線を向けた。

「風邪ひくわよ」

千尋の母、悠子がハクに傘を傾けていた。

「あ‥‥ありがとうございます‥‥」

ハクに傘の柄を握らせて、悠子は苦笑した。

「ごめんなさいね。うちの人ホントに千尋を溺愛してるから‥‥それであの性格でしょ。思いこみ激しくて‥‥‥痛かったんじゃない?」

悠子が指さしたのにつられて、さっき叩かれた頬に手をあてる。

そのとたん、ズキン‥と痛みが走った。

「今頃は千尋が必死に弁解している筈よ。でも‥‥他の女の子と一緒にいたって、一体どうしたの? 私が言うのも何だけど、ハクくん千尋しか目に入ってないって感じだったのに」

ハクは悠子に促されて、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。





その日、千尋は学校が遅くなるので森には来ないと聞いていた。

千尋が来ないならばハクは今のところする事はない。

たまには人間界を散策しようとぶらぶら散歩に出た――――のがまずかった。


ハクは人間ではないのもあるだろうが、神秘的な雰囲気と誰もが振り返るような容姿を持っている。

がゆえに、話しかけてくる者もいるのである―――――それも結構頻繁に。

明夫が言っていた「女といちゃついていた」という現場も、おそらく散歩の時に呼び止められてデートしようと言われていたのを断ろうとしていた時に違いない。

千尋といる時以外は至極無表情なハクであるから、遠目で見たのも手伝って、明夫にはハクがどんな表情だったか‥‥誘っているのか誘われているのか断っているのかなど分かるはずもなかった。


そして次の日である今日。

学校帰りの千尋と、千尋を送って来たハクを出迎えたのは、怖い顔をしていた明夫で。

有無を言わさずハクを張り飛ばし―――――そして現在に至る。





話を聞き終わった悠子は、はぁぁぁ‥‥とため息をついた。

そのため息は当然、夫・明夫に対してである。

「‥‥全く‥‥千尋しか眼中にないハクくんが他の女の子に声をかけるかどうかくらい分かればいいのにねぇ」

ミもフタもない悠子の物言いに、ハクの方が頬を赤らめる。

物わかりの悪すぎる父と物わかりの良すぎる母。

千尋はちょうどこの二人の性質を半々に受け継いでるんだなと思い当たって、ハクは苦笑するしかなかった。