ガラスのくちづけ
その2
66666HIT キリ番作品
また明日いらっしゃい。 それまでに私と千尋で説得しておくから。 悠子にそう言われてとりあえずは森へと戻りかけたハクであったが、何か心惹かれて再び荻野家の前に戻って来ていた。 千尋の部屋は二階にある。 その二階を眺めていると――――何やら窓のところで影がウロウロしているのが見える。 じっと目を凝らすと――――それが千尋であるのが分かった。 向こうもハクの存在に気がついているらしく、しきりと窓を開けようとしている。 ハクはトン‥と地を蹴ると、軽やかな足取りで屋根に飛び乗った。 そのまま、千尋の部屋の窓のすぐ前まで屋根を伝っていく。 窓のところで、千尋がトントンと窓ガラスを叩いていた。 「千尋?」 小声で呼びかけると、中から微かに声が聞こえて来た。 「お父さんたら‥‥窓開かないようにクギで打ち付けてるの! もぅ、あったま来た!! 絶対に文句言ってやるんだから!!!」 中で憤慨している千尋にハクは笑みを漏らした。 「‥‥なんで笑うのよぉ」 「いや‥‥千尋は私を信じてくれてるんだなって思って」 千尋が”ハクがそんな事をする筈がない”とはっきり否定をしてくれた事が、ハクの心を軽くしてくれていた。 他の誰が信じてくれなくても、千尋が信じてくれればそれでいい。 「当たり前でしょっ。‥‥‥その、もしハクが心変わりしたなら、コソコソ隠れずにはっきり私に言ってくれると思ってるし‥‥」 「千尋!」 千尋の言葉にハクは声を荒げた。 窓ガラスに手を押しつける。 「私が心変わりをすると思っているのか? 私は誓った筈だよ‥‥千尋のそばにいると」 ハクの手に千尋はそっと自分の手を重ねた。 ガラス越しに、少しでも温かみが伝わって来ないかと押しつけるが、感じるのは固いガラスの冷たさだけ。 「ごめんなさい‥‥」 ハクが静かに首を横に振った。 「いいや‥‥本当にすまない。私が考えなしに動いたために、千尋にも嫌な思いをさせてしまっている‥‥」 「お父さんが悪いのよ。いっつも早とちりばっかりするんだから‥‥明日には絶対に森に行くから、待ってて。絶対よ? 何処にも行っちゃ、いやよ」 ガラスをトントンと叩きながら訴える千尋が可愛くて、ハクは笑みを漏らした。 「分かってる。待っているから」 もうそろそろ帰らないと、今この状態で明夫に見つかったらそれこそ火に油を注ぐだろう。 そう考えたハクはそっとガラスから手を離した。 「ハク‥!」 「もう戻るよ。お父さんに見つかったらそれこそまずいからね」 千尋はガラスを叩いていた手をぐっと握りしめた。 「‥‥‥ハク‥‥」 今にも泣きそうな表情で千尋がハクを見つめている。 昼間まではちゃんと触れられたのに。 今は冷たいガラスが邪魔をして、ぬくもりに触れるどころか、その存在を指で確認する事すら出来ない。 触れられないのがこんなに辛いなんて。 「千尋――――泣かないで」 ハクの指がのび―――ガラスによって遮られる。 「また明日会えるから。だから今日はゆっくりとお休み‥‥‥」 「‥‥うん‥‥」 「大丈夫だから‥‥‥ね?」 「うん‥‥」 「ちゃんと眠らなきゃ、明日に響くから」 「‥‥うん‥‥」 どちらからともなく、ガラスに顔を寄せる。 ガラス越しに 微かに唇が触れる。 やはり冷たいガラスの感触しか唇には伝わらない。 けど。 「‥‥これで、眠れると思う‥‥」 千尋はにじんできた涙を拭って、微笑んだ。 「お休みなさい、ハク‥‥‥また、明日ね‥」 「お休み、千尋‥‥‥」 千尋が部屋の電気を消すのを確認し、ハクはそっと窓から離れた。 また―――明日。 心の中でもう一度呟いて、ハクはトン‥‥と地を蹴った。 次の日。 昨日の大雨がウソのように青空が広がっていた。 暫くの間は晴天が続くだろう。 そう思いながらハクが空を見上げていると 「ハク――――!!」 元気な声が森に響き渡った。 千尋が制服姿のまま、大きく手を振っていた。 「あれからね、お母さんがお父さんを懇々と説得してくれたの」 昨日の悠子の様子を思い出して、ハクは苦笑した。 あの様子だと、かなりきつく説得したに違いない。 「‥‥それで‥‥?」 「お父さんも自分の勘違いだったって謝ってくれたの。それで、ハクを連れておいでって」 千尋はそう言うとハクに手を差し出した。 「いこっ!」 「わかった、行こうか」 千尋の手をとったハクは、千尋が動こうとしないのに気がついて足を止めた。 「千尋?」 くるり、と振り返った千尋は、そのまま背伸びをして―――――そっとハクの唇に自分のそれを合わせた。 触れるだけのキス。 だけど、確かに温かみを感じた。 「やっぱり、ガラス越しじゃない方が‥‥いいね」 千尋は真っ赤になってそう言うと、ぱたぱたと走り出した。 つられるように頬を赤らめていたハクも、ようやく我に返って―――千尋のあとを追って走り出した。 END |
66666キリ番作品です。リクエストとしては「ガラス越しのキス」でしたー。切ない感じを出せてたらいいんですけども‥‥いや今まで結構たくさん作品書いて来ましたが、両親が大活躍したのは未だかつてなかったかも(笑)。Curseでちょっと両親出てきましたけどそれっきりだったし(爆)。 |