波紋
その3

90000HIT キリ番作品










それでも物事には終わりというものが必ずある。




「思いもかけず長居をした」

「こちらこそ、お気に召して頂ければ幸いでございました」

玄関先で湯婆婆と伊邪那美命とが挨拶を交わしている。

もうそろそろ油屋が閉まろうか、という時刻であった。

「ミズハの粗相で湯屋にも迷惑をかけた。すまなかったな」

「いいえ、ミズハ様のお力が早く戻られる事をお祈りしております」

伊邪那美命は傍らにいるミズハの頭を撫でた。

「帳簿係の子‥‥‥コハクともうしたか。あの者は川の化身であろう? ミズハがずいぶんとご執心でな‥‥同じ水の性質が呼び合うのであろうが」

「‥‥母様、わらわはまたここに来たい。良いであろ?」

その言葉に伊邪那美命が苦笑する。

「この有様じゃ。また来てもかまわぬか」

「はい、それはもう‥‥油屋一同お待ち申し上げております」


伊邪那美命とミズハ――――罔象女神が油屋の玄関を出ていくのを、湯婆婆以下従業員一同で見送る。

その末端に居場所を与えられた千尋も、一応頭を下げて二人を見送った。

しかし、伊邪那美命の言葉は千尋の心にざわざわとした波風をたてていた。


――――あの子、ハクの事気に入ってるんだ‥‥。


小さい子に嫉妬するのもなんだとは思うが、元々は妙齢の女神であったというのを考えると、楽観視も出来ない気がする。




「千」

従業員たちが持ち場に戻っていく喧噪に紛れて、ハクが話しかけて来た。

「話がある。来なさい、千」

いつもなら「仕事中です」と断るところだが――――ちょっとばかりナイーヴになっていた千尋は、その申し出をすんなりと受け入れたのだった。











「ミズハ様も戻られた事だし、千尋が拗ねる原因はもうなくなったと思うのだけど。どうしてそんなに浮かない顔をしているのかな?」

人のいない倉庫の裏に呼び出されてそう問われても、千尋は「そう?」と返すのが精一杯だった。

今この状態で何をどう言っても揚げ足をとられるのは必定であったし。

「‥‥言いたくない、そんな顔しているね」

ハクの指がすっ‥と千尋の顎にかかる。

ぎくっ、とした千尋がハクに視線を向けると――――ハクはとても楽しそうな顔をしていた。

そう、「これからどうやって苛めようか」なんて考えているような、そういう意地悪い微笑み。

そしてそういう顔をしている時のハクは、例外なくそういう行動に出てくるのだ。

「そ、そういう訳じゃないよっ?」

慌てて否定するも時既に遅し。

「もう仕事も終わる時間だから良いだろう。後始末は皆に任せるといい」

「任せるといい‥って、ち、ちょっとハク!?」

「千尋の話をじっくりと聞いてあげるよ。一晩かけてね?」

そのまま千尋はハクにずりずりと引きずられていくのであった。










「‥‥ミズハ。その髪飾りを外してはならぬと申したであろう?」

帰りの舟の中で、母である伊邪那美命の言葉に、ミズハはにっこりと微笑みを返した。

その手の中で金色の髪飾りが光を放っている。

「力を取り戻し元の姿に戻れたら、わらわはあのコハクをそばに置きたいのじゃ。良いであろ? 母上」

伊邪那美命は困ったように微笑んだ。

「どうしてあそこまであのコハクに執着をするかのぅ‥‥確かに数ある神の化身の中でもなかなかの美貌ではあるが。あのコハクには既に想い人がおるのはミズハも分かっておろう?」

「分かっておる。あの人間の娘御であろ? 人の子の命は短い‥‥‥おそらくわらわが元の姿を取り戻すよりも早うあの体は朽ち果てるであろ。それからでも遅くはないのじゃ」

満面の笑みを浮かべつつ髪飾りをいじる娘を見ながら、伊邪那美命は溜息をもらしたのであった。








END


遅くなりましたっ、90000キリ番です〜。もう10万ヒットしたってのにっ(><)。今回のリクは「小さい女神様に千尋が嫉妬する」というものでした。が、ただ小さい女神様だけでは面白くないな〜と思い、「元々は大人だったのだけど小さくなってしまった女神様(どこぞで聞いたようなフレーズ‥)」にしてみました。罔象女神(ミズハノメノカミ)自身はちゃんと神話にも出てくる女神(川や水を司る女神です)ですが、後の設定は全部私のオリジナルでーす(^^; 水の女神という事でハクとも絡めやすいかな〜なーんて。しかし思った以上にしたたかな女神になってしまったようで先行き不安(爆)。