波紋
その2

90000HIT キリ番作品







母親である伊邪那美命の元へとミズハを送った後、ハクが教えてくれた。

元々ミズハ――――罔象女神は美しい妙齢の女神だったそうだ。

それが、ここ100年ほどで行われた川の切り崩しやダム建設、埋め立てなどですっかり力を失ってしまい、それと同時に体までもが退行してしまったのだそう。

「じゃ、ハクも出会った時に子供の姿だったのはそういう理由があったの? 今は18歳くらいに成長してるよね? なんで?」

「成長した理由は、千尋のおかげ‥といった方がいいかな。千尋の年齢に合わせて成長させてるんだよ、自分の体を」

成長させる。

その言葉の意味はよく分からなかったが、とりあえず頷いておく。

ここで突っ込んで聞いたとしても、きっと千尋には理解出来ない事をつらつらと並べ立てられるだけであろうから。

「‥‥それで、ミズハ様たちはいつまで油屋にいるの?」

「そうだね‥‥2、3日は逗留すると言われていた。ゆっくりと骨休めしたいのだろう、きっと」

2、3日―――――ね。

千尋はどうもスッキリしない、何かもやもやとしたものを心の中に秘めたまま、曖昧に頷きを返したのだった。







元々は大人だったというのが信じられないくらい、ミズハは幼かった。

廊下をだーっと走って行くのをハクが慌てたように追っかけていく、という姿を従業員たちが何度も目撃している。

同じ性質の力を持つがゆえか、ミズハはとにかくハクがお気に入りの様子で、片時もハクから離れようとしなかった。

ということは、千尋の所にハクが来る事がなくなった、という事でもあった。

ホッとした‥‥と思う反面、何となく寂しい。

あれだけ追い回されていた時には「少しは控えて欲しい」と思っていたくらいなのだが、いざ控えられると寂しくなるのは、女心という奴だ。

まぁそれでも2、3日の事だし――――とタカをくくっていた千尋は。

一週間たってもミズハが帰ろうとしない事にそろそろ苛々し始めていた。



「‥‥全然帰ろうとしないのね、ミズハ様?」

ちょっとした合間に久しぶりに二人きりになれる時間があって。

千尋はハクにそんな事をぽつりと漏らした。

「油屋が気に入ったそうで帰りたがらないんだよ、ミズハ様」

そう答えるハクもまんざらではなさそうなのは気のせいだろうか?

「‥‥ハクもまんざらでもなさそうだよね」

つい、口からぽろっとそんな言葉が漏れて、千尋は慌てて口を押さえた。

どうか、今の言葉をハクが聞いていませんように!!

「まんざらでもなかったら、どうするつもりかな、千尋は?」

――――やはり聞かれていた。

今のは、どう聞いても「拗ねている」ようにしか聞こえないのに。

「べ、別にっ‥‥‥」

千尋はぷい、とそっぽを向いてこの場から離れようとした――――が。

ハクに腕を掴まれて止まらざるを得なくなった。

「もしかして、千尋‥ミズハ様に妬いている?」

図星。

千尋はかぁぁっと頬を赤らめた。

「そ、そんな事っ‥‥‥!」

「頬が赤いよ?」

指摘されるとよけいに赤くなる。

「い、いちいち言わなくっても分かってるってばっ‥‥」



ざわざわ。

ざわざわ。


向こうが騒がしい。

「ハク様」と呼ぶ声も聞こえる。

「‥‥呼んでるよ、ハク」

千尋の言葉にハクは仕方なさそうに「何事だ」と返事を返した。

ややして、兄役が飛んでくる。

「大変です、ハク様! ミズハ様が‥‥」

「ミズハ様が、どうしたのだ」

「その‥湯殿で遊ばれていたのですが、力を使われたご様子で‥‥」

力を"使った"?

千尋が不思議そうな顔をしている隣で、ハクの表情は苦虫をかみつぶしたようなものになった。

「今のミズハ様は何もつけておられない状態の筈だ‥‥とすると」

「はい‥‥湯殿はとんでもない事になっております」

その報告を聞いて、ハクの表情はますます苦いものに変わった。








いくら退行してしまったとはいえ、ミズハの力は一介の下級神など足下にも及ばない力をまだまだ有している。

が、精神が退行してしまっている為に、その力を扱いきれなくなっているのが現状である。

それを危惧した伊邪那美命は、ミズハの為に髪飾りを作ってやり、それで力を制御しているのだ。

「あの髪飾り‥‥」

綺麗な髪飾りだと思っていたが、あれで力を制御していたのか。



そして。

湯殿は水であふれかえり、廊下や玄関にまであふれ出している有様だった。



「ミズハ様‥‥‥」

「すまぬのじゃ‥‥つい」

しょうがないといった表情で立っているハクの前で、ミズハが小さくなってしまっている。

「ここは水で溢れておるから、わらわは好きなのじゃ。それで‥‥」

「つい開放的になってしまい、力を解放してしまったという訳ですね?」

「‥‥うむ‥」

「仕方ありませんね‥‥今回だけは大目に見ますが、今度同じような事をされたら伊邪那美命様にきつく叱って頂くようにお願いするしかありませんよ」

「は、母上に言いつけるのだけは許して欲しいのじゃ‥‥」

あまりにもしょんぼりしているミズハに同情が沸いたのか、ハクは優しくミズハの頭を撫でた。



さて、その周りには湯殿の片づけをさせられている湯女達の姿があった。

当然その中には千尋もいる。


――――なんか、ミズハ様にはすごーく優しいような気がするんだけど??


そんな事を思いつついつも以上にゴシゴシと力をこめて床を擦る千尋であった。